【シリーズ第二弾 出版しました!!】

<この記事は、当面この位置に掲載します。最新記事は二つ下をご覧ください。>

みなさまにお知らせです。3月27日に、シリーズ第二弾「図でわかりやすく解き明かす 日本古代史の謎~その後の邪馬台国から日本国誕生まで」を出版しました。

昨年8月に、「図でわかりやすく解き明かす 日本古代史の謎~神話の世界から邪馬台国まで」を初出版いたしました。読まれた方々から、
「今までもやもやしていた日本古代史が、よく理解できた」
「多くの図表があり、とてもわかりやすかった。」
「邪馬台国の位置が、どうして今まで結論が出ていないのか、不思議。」
など、多くの感想をいただきました。この場を借りまして、深く御礼申し挙げます。

さてそれでは、邪馬台国はその後どうなったのでしょうか?。そして、大和朝廷との関係は?・・・。
学校の歴史の授業でも、そのあたりはさらっと流したのではないでしょうか。

その問いに答えたのが、今回の本です。

他にも、
・なぜ金印「漢倭奴国王」は、福岡県の志賀島で発見されたのか?
・倭の五王とは、本当は誰だったのか?
・日本国はいつどのように誕生したのか?
など、さまざまな疑問について、科学的に解き明かしていきます。



詳しい内容はこちらから・・・

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

新年明けましておめでとうございます!!

新年明けましておめでとうございます。
皆様にとって幸せな一年となるように祈念申し上げます。

いつも訪問くださりありがとうございます。昨年は、ブログも100回を重ねることができました。これもひとえに、皆さま方の温かいご支援の賜物と、深く感謝いたします。

また、昨年は、本の出版もすることができました。いつかは、という気持ちはありましたが、このような早い時期に出版できるとは、思ってもいませんでした。「とてもわかりやすくて、ためになった」「面白かった」とのコメントを、多くの方よりいただき、感激しております。

現在シリーズ第二弾をまとめているところです。第二弾のテーマは、「その後の邪馬台国と日本国の誕生まで」です。
邪馬台国がその後どうなっていったのか?、大和朝廷との関係は?、そしていつ日本国となったのか?、等々について、科学的データを用いながら、わかりやすく解説したいと考えてます。いまのところ、2月頃に出版の予定です。ブログでも、逐次経過について、お知らせいたします。

ブログのほうは、今年は日本の史書、すなわち古事記、日本書紀もみていきたいと考えてます。今まで以上に研鑽を究め、発信していきます。

今年も、よろしくお願いいたします!!。

青松光晴

             

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【本を出版しました!】

いつも、ブログを読んでいただき、ありがとうございます。
さて、皆さんにお知らせがあります。

ブログ100号を記念して、このたび本を出版いたしました。
タイトルは、ずばり
「図でわかりやすく解き明かす 日本古代史の謎 
 ~ 神話の世界から邪馬台国へ」

です。


目次は、以下のとおりです。

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【感謝! 100回記念】これまでの人気記事からわかること

おかげさまで、このブログも100回となりました(正確には、前回ですが・・・)。

始めた当初は、どのようにストーリーを展開していけばよいのか、試行錯誤の連続でしたが、どうにか軌道に乗せることができました。
開始より約1年半、皆様からの暖かいコメントをいただくことも多く、たいへん励みになりました。また、かなり踏み込んだ専門的な質問や問題提起をされる方もいるなど、日本古代史に対する関心の高さも、改めて認識いたしました。ありがとうございます。

今回は、100回を記念して、これまでで人気の高かった(アクセス数が多かった)記事をランキングにして、振り返りたいと思います。
あまたいらっしゃる日本古代史ファンの方々が、何に関心をもっているのかがわかり、興味深いです。

まず、第五位です。
「日本の神々の系譜とは・・・」(No.7,2015/3/18号)
です。
神々の系譜を、国産みから、国譲り、天孫降臨、神武天皇東征までの流れで整理した記事です。昔から何となく聞いたことがある神々が、どのような関係にあるのか、そして神武天皇までどのようにつながっているのか、については、きちんと理解している方は少ないと思います。関心をお持ちの方が多いことを,改めて認識しました。
キーワード検索でも、「神々の系譜」はとても多いです。


神々の系譜2   


第四位は、
「旧唐書日本国伝を読む その1 ~ 倭国と日本国が別の国である決定的な証拠!」(No.39、2015/8/27号)
です。
旧唐書には、「倭国伝」と「日本国伝」の二つがあり、「日本国伝」の冒頭に、
”日本国は、倭国の別種である”
という衝撃的な記載がされています。
これを素直に読めば、
”倭国と日本国は別の国である”
としか読みようがありません。ところが、この衝撃的な記事のことを知っている人は、ほとんどいません。それゆえ、関心も高かったのかもしれません。

第三位は、
「宋書倭国伝を読む その1 ~ 倭の五王が中国皇帝に求めたものとは?」(No.27、2015/6/28号)
です。
「宋書」は、一般的にはさほど知られていない史書だと思われますが、人気なのは「倭の五王」について、記載されているからでしょう。
「倭の五王」は、中国皇帝に対して称号を求め続けました。最終的に、武は、使時節(しじせつ)・都督倭(ととくわ)新羅(しらぎ)任那(みまな)加羅(から)秦韓(しんかん)慕韓(ぼかん)六国諸軍事(りっこくしょぐんじ)・安東大将軍・倭王に任命されました。ほぼ朝鮮半島南半分についての管轄権を認められたわけですが、百済だけは、除外されています。つまり、百済だけは、独立した国とされていたことがわかります。

第二位は、
「隋書倭国伝を読む その8(最終回) ~ 聖徳太子の遣隋使はなかった!?」(No.37、2015/8/17号)
です。
これは納得ですね。607年に、あの有名な隋の煬帝(ようだい)へ、”日出ずる処の天子より、日没する処の天子へ”の国書を出し、煬帝を不機嫌にさせました。翌608年に使者がやってきました。実は、古事記、日本書紀には、国書および煬帝を不機嫌にさせた記載がありません。書いてあるのは、中国側の史書「隋書俀(たい)国伝」にです。しかも、その記事によると、出した人は、俀(たい)国王の多利思北弧(たりしほこ)という明らかに男性です。当時の天皇は女性の推古天皇、摂政が聖徳太子ですが、両名とも記事中に名前はありません。
となると、手紙を出した多利思北弧は、推古天皇でもなく、聖徳太子でもありえません。結論は、九州王朝の国王だというお話をしました。

そして、いよいよ第一位です。ダントツの一位なのですが、皆さんは、どの記事だと思われますか?。
歴史の授業でも習った”あれ"についてです。聞けば、「なるほど、やっぱり」という感じです。皆さんの、関心の高さが改めてわかりました。

それでは、第一位です。
「後漢書倭伝を読む その3 ~金印「漢倭奴国王(かんのわのなのこくおう)」の本当の読み方とは?」(No.24、2015/6/12号)
です。
皆さんの予想は、どうだったでしょうか?。
歴史に興味がなくとも、江戸時代に福岡県博多湾の志賀島に出土したとされるこの金印のことは、知っている方は多いでしょう。そして、多くの人がもつ疑問は、
「何で、よりによって志賀島なのだ?」
というものです。
また、刻印されている文字の読み方については、
「かんのわのなのこくおう」
であり、倭の奴(な)国の国王が、中国皇帝からもらったものだ、と教わりました。これが、間違いであり、
”正しくは、「漢の倭奴(いど、いぬ)国王」と読むべきものであり、「倭奴国」とは「倭国」の卑称である
というものです。このように解釈することによって、初めてすべての疑問が解消されます。

<志賀島の金印>
King_of_Na_gold_seal.jpg 

ちなみに、検索キーワードも、「かんのわのなのこくおう」が、とても多かったです。この読み方に疑問をもたれている方が多い証かもしれません。

以上の他、新しい記事なので現時点では番外でありますが、急上昇中の記事が二つあります。

10位の、
「広開土王碑を読む ~ 一線級の金石文が語る古代朝鮮半島の激闘 」(No.66、2016/2/4号)

20位の、
「七支刀(しちしとう)銘文を読む ~ 物部氏ゆかりの石上神社秘宝が物語る古代日本の真実とは?」(No.69、2016/2/11号)
です。
好太王碑七支刀についての記事です。どちらも、かなり古代史に興味がなければ知らない言葉と思われますが、読者の皆さんのレベルの高さに驚かされました。

以上が、人気記事ランキングです。テーマとしては、神々の系譜、聖徳太子の遣隋使、倭国と日本国、倭の五王、志賀島の金印、広開土王碑、七支刀が人気であるということになります。私としては、どの記事についても「一球入魂」ならぬ、「一筆入魂」して書いているのですが、これだけばらつきが出るのも、おもしろいですね。

キーワード検索では、「神々の系譜」「かんのわのなおこくおう」「宋書」「隋書」「広開土王碑」が目立ちました。とくに、先週、「広開土王碑」の検索が急増しました。テレビか何かで、取り上げられたのでしょうか?。

意外だったのは、魏志倭人伝関連が、ひとつもベスト5に入らなかったことです。私としては、古代史ファンの方は、魏志倭人伝にもっと興味が高いと予想していたのですが・・・。

また、訪問者のプロバイダを見ると、大学からのアクセスも多くみられました。少しでも、古代史研究の参考にしていただき、真実解明に役立てていただければ幸いです。

今後は、こうしたデータも頭の片隅にいれつつ、記事を書いていきたいと考えてます。
これからも、よろしくお願いいたします!!。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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三国史記新羅本記を読む その2 ~ 卑弥呼は超長生きだった?

続きです。

【現代訳】
6.倭国と好誼を結んで、たがいに訪問しあった。<59年5月条>
7.倭人が木出島を侵した。(脱解)王は、角干(かくかん)の羽烏(うう)を遣わして、防御させた。戦いに敗れて羽烏は戦死した。<73年条>
8.倭人が東辺を侵した。
9.大風が東方から吹き寄せて、木を折り、瓦を飛ばした。夕方になって収まった。都の人が、倭兵が大挙してやって来ると流言したので、(人々は)山や谷に争って逃げた。(祇摩)王は、伊滄(いさん)の翌宗(よくそう)らに、これを諭させ止めさせた。<122年条>
10.倭国と講和した。<123年条>
11.竹嶺(の路)を開いた。倭人が来訪した。<158年条>
12.倭の女王卑弥乎が、使者を遣わして来訪させた。<173年条>

【解説】
倭国との間で講和したり、戦ったり、を繰り返します。
そして173年に、卑弥乎が使者を遣わしてきた、とあります。「卑弥乎」=「卑弥呼」は、まちがいないでしょうが、問題は、その年です。173年とありますね。魏志倭人伝によると、卑弥呼が、魏に使いを出したのが、238年です。詳しくは、
「魏志倭人伝を読む その6 ~ 倭の政治 卑弥呼の使いに魏の皇帝が感動した理由は?」(2015/5/16号)
をご覧ください。
そして最大のライバル国である狗奴(くな)国との戦いが、247年です。詳しくは、
「魏志倭人伝を読む その7(最終回) ~ 倭の政治 卑弥呼最後の戦い! 死して壹与が立つ」(2015/5/22号)
をご覧ください。
狗奴国との戦いののち、卑弥呼死すとあります。卑弥呼が死去した年を翌年の248年とすると、少なくとも
248年-173年 = 75年間
もの長きにわたって、邪馬台国の女王として、君臨したことになります。女王になったのが幼少の頃として、仮に10歳としても、
10 + 75 = 85 歳
まで生きたことになります。当時の平均寿命は、せいぜい40歳前後と言われてますから、たいへんな長生きだったことになります。

ここで再び魏志倭人の記載に注目してみましょう。卑弥呼を描写した箇所を読み下し文にしますと、
「鬼道(きどう)に事(つか)え、能(よ)く衆を惑わす。年、已(すで)に長大なれども、夫壻(ふせい)なし。男弟有りて国を佐(たす)け治む。王と為りて以来、見(まみ)ゆること有る者少なし。婢千人を以って自ら侍らしむ。」
とあります。あまりにも有名な文章です。
これをそのまま読むと、密室で妖しげな呪術を使い、人びとを幻惑する老婆の姿をイメージしてしまいますよね。

一方、これらの一般的な説に対し、古田武彦氏は異なる説を唱えています。
”「年、已に長大なれど」とは、三十代半ばとの意味であり、また、新羅に出した遣いも、178年ではない”
との説です。これも面白い説なのですが、話が複雑になるので、今回はここまでにしておきます。
ここでは、「173年に倭の女王卑弥乎が、使者を遣わして来訪させた」という記載があることを、頭の片隅にいれておいていただければと思います。

中国人使者が見た卑弥呼は、妖しげな呪術で人々を幻惑する八十過ぎの老婆だったのか、それとも三十代半ばの妖艶な女性だったのか・・・?


<卑弥呼想像図>
himiko.jpg
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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