風雲急を告げていた! 卑弥呼の時代の東アジア情勢

今回は、三国志の時代すなわち卑弥呼の時代の東アジア情勢を見てみましょう。
三国志の三国というのは、当時覇権を争っていた魏、呉、蜀を指しています。多くの小説や映画などで題材としてますが、魏では曹操、呉では孫権、蜀では劉備玄徳がリーダーですよね。そして蜀の劉備玄徳のもとに知将、諸葛孔明がいて、関羽、張飛がいたわけです。


<魏の曹操(155-220年)>

曹操 



<呉の孫権(182-252年)>

孫権 



<蜀の劉備玄徳(161-223年)>

劉備玄徳


一方、周辺には、北方に鮮卑、烏丸、東方に高句麗、夫余、東沃沮、濊、韓があり、さらにがあったわけです。




東アジア国々


三国志は最後に勝ち残った魏を中心に書いてます。当時の魏にしてみれば、呉、蜀との覇権争いをしつつ、北方の鮮卑らの侵攻に供えなくてはならないという不安定な状況でした。

遼東半島には公孫氏がいて、虎視眈々と勢力拡大を狙ってました。

魏としては、当然の作戦として東の高句麗、夫余、東沃沮、濊、韓を味方に引き込み、あるいは勢力の拡大を図ろうとしたでしょう。

対する呉は、遼東半島に地盤をもつ公孫氏と同盟を組み、魏を挟む打ちにしようと企みます。

そうした状況のなかで、魏は倭をどのように位置づけていたのか、を考える必要があります。

もちろん倭としても、こうした状況は把握していたでしょう。そのなかで倭のリーダーである卑弥呼は、どのような戦略を立てていたのか、を推測する必要があります。

こうした観点から魏志倭人伝を読み解くと、真実の姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか?

ちなみに三国志で有名な戦と言えば、赤壁の戦いですよね。208年、曹操の魏に対し、劉備玄徳の蜀と孫権の呉が手を組み、長江の赤壁にて、諸葛孔明の奇策により、逆転勝利を収めました。 2008年に公開された映画「レッドクリフ」が話題になりました。当時の映画予告をYOU TUBEで見つけましたので、見られる方はご覧ください。当時の雰囲気がつかめると思います。






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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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