日本人はどこからやってきたか?(3) ~ 日本人は、特異な民族?

今回から、アフリカを出て日本へ向かった我々の祖先のうち、男系のルートをみていきます。(「DNAでたどる日本人10万年の旅」(崎谷満著)を参考にします。)

その決め手となるのが、男性のみ持っているY染色体DNAです。それがいくつかのグループに分けられることは、前回お話しました。そのグループを、ハプログループと呼びますが、大まかに示すと、下図のとおりです。

<Y染色体DNAハプログループ系統図>
Y染色体系統図


ご覧のとおり、もともとは祖形であるしかなかったのですが、9万年前頃分岐して、ひとつはA系統、もうひとつはBR系統に分岐しました。A系統は、その後そのままアフリカに残りました。BR系統は、8万年前に、B系統とCR系統に分岐しました。B系統もそのままアフリカに残りました。

CR系統は、アフリカを出ますが、出アフリカの時期により、3つの系統に分かれました。C、DE,Fの3つです。

C系統は、東へ進み、アジア・オーストラリアへと移動しました。日本へも到達しました。シベリアに多いのが特徴的で、このうちC3系統後期旧石器時代のシベリアの細石刀(さいせきじん)文化と関連するとみられます。

DE系統は、D系統とE系統に分岐しました。そのうちD系統は、アジアへ移動し、日本にも到達しました。日本列島、チベットで高い率で、新石器時代の縄文系ヒト集団由来とみられます。E系統は、地中海世界に進出しました。

F系統は、そこから多くのタイプに分岐しました。そのうち、G,H,I,J系統は、アジア、ヨーロッパに広く広がりました。K系統は、さらに、L,M,N,O,P系統に分岐しました。L,M,N,O系統は、東アジア、そして、オーストラリア、ニューギニアへと、広がりました。O系統は、弥生時代に、日本にやってきた集団と考えられてます。N系統は、シベリア北部から北ヨーロッパに多く(ウラル系言語系統)、新石器時代のヒト移動と考えられますが、少ないながらも現代日本人のなかにいます。

P系統は、Q,R系統に分岐しました。そのうち、Q系統は、東アジアから、さらにはアメリカ大陸に渡り、先住インディアンになりました。R系統は、ヨーロッパに多いのですが、ヨーロッパ系言語流入以前の、先住系ヒト集団とみられます。


まとめると、下表の通りです。

Y染色体DNA分類表
系統多い地域摘要出アフリカ↓
アフリカ 
アフリカ 
アジア・オーストラリアシベリアに多い(アルタイ系言語集団)。C3は後期旧石器時代におけるシベリアの細石刃(さいせきじん)文化と関連?。
アジア日本列島とチベットに高い率。新石器時代の縄文系ヒト集団に由来?。
アフリカ・アジア・
ヨーロッパ
地中海世界の南ヨーロッパ、北アフリカ、中東に多い。
中央アジア 
東アジア 
ヨーロッパ・中央アジア 
ヨーロッパ 
ヨーロッパ・アジア 
オーストラリア
・ニューギニア
 
東アジア 
オーストラリア・
ニューギニア
 
東アジアシベリア北部から北ヨーロッパにかけて多い(ウラル系言語系統)。新石器時代のヒト移動?。
東アジア金属器時代(弥生時代)以降に日本列島に流入?。
東アジア・アメリカ 
東アジア・アメリカアメリカ先住民に多い。
ヨーロッパ・アジアヨーロッパに多く、ヨーロッパ系言語が流入する以前の先住系ヒト集団?。
(「日本人になった祖先たち」(篠田謙一著)、「DNAでたどる日本人10万年の旅」(崎谷満著)を基に作成、by 青松光晴)

実際には、さらに細分化されるのですが、ここでは、大まかな分類として紹介しました。日本人に多い系統としてC,D,O、特徴的な系統としてNがあるので、それを着色しました。

さて、ここで何か気づきましたでしょうか?。

日本人に多いCは、出アフリカⅠグループに属し、同じくDは、出アフリカⅡグループです。さらに、N,Oは、出アフリカⅢグループなど、日本人に多い系統は、出アフリカの3つのグループすべてに属しているのです。

これは世界的にみて、非常に珍しい状況です。ほとんどの地域は出アフリカの二つのグループまでしか見出せません。ヨーロッパは、非常にDNA多様性が高い地域ですが、それでも二つのグループです。

このように出アフリカの3つのグループの末裔が今でも日本人の中に存在していることに対して、崎谷氏は「歴史上の不思議である。」と表現してます。

さらに、D系統については、東アジア各地や朝鮮半島には稀であるのに対して、日本に最大の集積地があり、西に遠く離れたチベットにも存在しているという、特異な状況になってます。

他にも、新石器時代の貝文人の末裔とも考えられるC1系統が、今でも少数ながら日本人に残っているなど、興味は尽きません。

どうしてこのような状況になっているのかについては、これから詳しくみていきたいと思いますが、簡単に言えば、
”もともとは世界各地に、DNAの多様性をもった人々が暮らしていたが、民族間の興亡などさまざまな要因により、滅亡したり移動を繰り返した。しかし日本の場合、海を隔てた辺境にあり、島国であり気候にも恵まれていたため、多くの系統の人々が生き残った”
といったところでしょう。

そして何にもまして大切なポイントは、
”時代とともに次々と海を渡ってやってきた人々同士が、長年にわたり共存してきた”
ということでしょう。となると、飛鳥時代に聖徳太子が制定したとされる十七条の憲法にある「和をもって貴しとなす」という精神も、このような長きにわたる時代のなかで生まれてきた理念というか生活の知恵なのかもしれません。今のわれわれに、何か示唆を与えてくれそうな話ですね。

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ぽー

こんにちは。いつもお世話になっております。
面白いです。歴史の様々な源流をたどるのには、つくづく理系じゃないと難しいのよねぇーっと実感しているところなので、生物の授業を思い出しつつ興味津々。

和をもって貴しとなす、の精神を日本の土の上にいる全員が思い出していかないとバラバラでぎすぎすした日常からは脱却出来ないと思います。

Re: ぽー

つねまるさんへ
コメントありがとうございます。
確かに歴史を突き詰めるには、文科系のみならず理系の科学的視点をもたないと、真実がみえてこないと思います。そういう意味で、このところ生物学的な話題を取り上げています。
このようにいうと、理系ぎらいの方の中にはアレルギー反応を起こす方もいるかもしれません。ただしご安心ください。かく言う私も、生物学は専門外です。昔の知識を思い出しながら、いろいろ情報収集、勉強しながらまとめています。わかりにくいところがあれば、教えてください。
つねまるさんのブログも面白いです。このところ取り上げている「たたら製鉄」は、古代からあったものでしょう。神話に出てくる剣なども、たたら製鉄で作られたものかもしれませんね。
これからも、よろしくお願いいたします。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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