日本人は、どこからやってきたのか?(24) ネアンデルタール人は、現生人類と交雑していた!!

さてここまで、日本人がどこからやってきたのか、について、諸説織り交ぜながら、お話してきました。ざっとおさらいしますと、
”7~8万年前にアフリカを出た私たちの祖先は、東に海岸沿いに進み、インドさらに東南アジアのスンダランドにやってきた。そこから北上、中国大陸を経て、日本列島にたどりついた。「海上の道」にて琉球諸島へやってきた可能性もある。また、インド手前で北上し、大陸を横断して日本列島にやってきた集団がいた可能性もある。”

このように、いくつかのルートが推定されます。そして日本列島にやってきた時期は、4万年前くらいではないかと考えられてます。

ところで、現在地球上で暮らしている私たち人間(現生人類)の前に生存していたネアンデルタール人と、私たち人間とは、どのような関係なのでしょうか?

今一度、人類進化図をみてみましょう。
人類進化系統図 

この図を見ると、ネアンデルタール人は、70~80万年前に旧人から分岐し、私たち人間の祖先とは、別々に進化しています。そして2万数千年前に絶滅しました。これだけですと、ネアンデルタール人と私たち現生人類とは、はるか昔に分かれた遠い存在のようです。

ところがです。近年、驚くべき発表がありました。

なんと、”ネアンデルタール人と私たち人間の祖先は、交雑していた。”というのです。

”人類進化の定説が大きく揺らいでいる。最近の研究では、ネアンデルタール人などの旧人類と現生人類との間に、これまでいわれていたような深い断絶はなく、実はかなりの交わりがあったことが明らかになってきた。むしろ、別の血を入れることが人類をより強く進化させてきたようだ。”

”現生人類とネアンデルタール人の間の解剖学的な共通点に加え、遺伝学的研究からも両者の間に混血があったことがわかってきた。 その結びつきはかなり強く、今日の非アフリカ系の人々のゲノム(全遺伝情報)の最大3%がネアンデルタール人由来だ。人によってそれぞれネアンデルタール人由来の異なるDNA断片を持っている。そのため、現生人類が受け継いだネアンデルタール人の遺伝情報の総和は3%よりはるかに高く、最近の計算によれば少なくとも20%にはなると考えられている。

 ホモ・サピエンスとの混血があった旧人類はネアンデルタール人だけではなかった。近年発見されたデニソワ人(シベリアの洞窟で見つかった4万年ほど前の謎めいた指の骨から回収されたDNAによって特定された人類集団)も、私たちの先祖との間に混血があった。

 そうした混血はホモ・サピエンスに有益だったようで、そのおかげでホモ・サピエンスは生存に有利に働く遺伝子を獲得できた。

 例えばネアンデルタール人から受け継いだDNAは免疫力を高めたらしい。またデニソワ人由来のある遺伝子変異は、チベット人が酸素が希薄な高地で生活するのを助けている。
(「我々はネアンデルタール人との混血だった 覆る進化の定説」 日経サイエンス、2014年 10月25日より)


私たち人間の祖先は、ネアンデルタール人のみならず、デニソワ人とも交雑していたのです。興味深いのは、交雑により免疫システムなど生存に有利に働く遺伝子を獲得した、としている点です。確かに一般的に、雑種は純粋の種より強いと言われますが、それを実証しています。


また、アフリカ系の人々は、ネアンデルタール人のゲノムをもっていないとのことで、交雑は、わたしたち人間の祖先がアフリカを出たあとに起こったことがわかります。

別の情報によれば、南太平洋の島国の人々には、デニソワ人のDNAが6パーセントも残っているとのことです(ドイツ・マックスプランク進化人類学研究所研究所による)。
さらに日本人は、ネアンデルタール人とデニソワ人のDNAを多くもっているとの研究結果もあるようです。

こうした近年の研究研究結果から、ネアンデルタール人やデニソワ人は、数十万年前にアフリカを出て、世界中で繁栄していましたが、私たち人間の祖先が、7~8万年前にアフリカを出て、中東あるいはアジア内陸などで、彼らと遭遇したと考えられています。

そこでどのような状況になったのかは、よくわかっていません。

かつては、そこで戦いが起こり、やがてネアンデルタール人やデニソワ人は絶滅したとも考えられていました。確かにそのようなこともあったでしょう。しかしながら、何がしかの交流があった可能性もあります。

ネアンデルタール人の特徴として、以下のものが挙げられます。


・左右対称になるよう加工されたハンドアックス(握斧)や、木の棒の先にアスファルトで接着させ穂先とし、狩りに使用したと考えられている
石器をもっていた。

・火を積極的に利用していた
・遺体を屈葬の形で埋葬していた。

・コロンビア大学教授R・ソレッキーらの研究チームはイラク北部のシャニダール洞窟の調査で、ネアンデルタール人の化石とともに、ノコギリソウや、ヤグルマギクなど数種類の花粉を大量に発見した。量の多さとこれらの花が現代当地において薬草として扱われていることから、ソレッキー教授らは「ネアンデルタール人には死者を悼む心があり、副葬品として花を遺体に添えて埋葬する習慣があった」との説を唱えた。
フランスの遺跡からはシカやオオカミの歯を利用した、ペンダント状のものが発掘されている(正確用途は不明)。(Wikipediaより)


どうでしょう、ネアンデルタール人に対する認識が随分と変わったのではないでしょうか?。何か私たち人間と共通するものを感じますね。もしかすると、このような技術や風習は、私たち人間の祖先が、彼らから学んだのかもしれません。


私などは、この地球上で文明と呼べるものをもったのは、私たち人間が初めてだと思っていましたが、すでにネアンデルタール人やデニソワ人が、初期段階とは言え文明をもち生活していたと思うと、不思議な気がしてしまいます。

そして、地球上で大いに繁栄したネアンデルタール人やデニソワ人ですが、突然姿を消します。

”ネアンデルタール人が絶滅したのは2万数千年前だが、その原因はよくわかっていない。クロマニョン人との暴力的衝突により絶滅したとする説、獲物が競合したことにより段階的に絶滅へ追いやられたとする説、ホモ・サピエンスと混血し急速にホモ・サピエンスに吸収されてしまったとする説など諸説ある。
”(Wikipediaより)

絶滅の原因が何にせよ、私たち人間には、ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子が伝わっています。
しかしながら、彼らがどこで、どのような生活をしていたのか、そして彼らの遺伝子がどのように私たちに伝わったのか、はよくわかっていません。そして、日本人とのかかわりも同様にわかっていません。

実は、日本列島には、中期旧石器時代という極めて古い時代の石器が出土しています。最古のものとして、約12万年前とされている、島根県砂原遺跡があります。

”島根県出雲市の砂原遺跡の学術発掘調査団(団長・松藤和人同志社大教授)は7日までに、出土した石器36点について見解を再修正し、11万~12万年前の「国内最古」と結論づけた報告書にまとめた。”
(日本経済新聞、2013年6月7日付)

旧石器時代の石器発見と聞くと、かつて2000年に発覚して日本中を騒がせた「旧石器ねつ造事件」を思い出してしまいます。あの事件がきっかけで、それ以降、この手の話題にはアレルギー反応をおこしがちです。一方で、学術的な調査研究も継続的にされています。不確定な要素はあるものの、すべてをいちがいに「ねつ造」と言って否定してしまうのは、科学的姿勢とは言えないのではないでしょうか。

では、仮に石器の12万年前というのが真実だったとしたら、その石器を作り使用していたのは誰だったのでしょうか?。

「私たち日本人の祖先」でしょうか? 

それとも「ネアンデルタール人やデニソワ人」でしょうか?

いやもしかするともっと昔の「北京原人」や「ジャワ原人」の仲間でしょうか?

今のところ全くわかっていません。

この分野の研究は、まだまだ始まったばかりです。今後、遺伝子工学のさらなる進歩や、骨や遺跡・遺物などの発見により、さまざまな説が唱えられていくことでしょう。もしかしたら、今の私たちの常識からすると考えられないような説も出てくる可能性もあります。今後の研究成果が楽しみですね。

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島根県出雲市の砂原遺跡

>島根県出雲市の砂原遺跡の学術発掘調査団(団長・松藤和人同志社大教授)は7日までに、出土した石器36点について見解を再修正し、11万~12万年前の「国内最古」と結論づけた報告書にまとめた。

〇島根県出雲市の砂原遺跡
 この遺跡の発見はすごいですね。
 11万~12万年前という報告書は、世界的には、まだ認められてないということでしょうか。

Re: 島根県出雲市の砂原遺跡

> 〇島根県出雲市の砂原遺跡
>  この遺跡の発見はすごいですね。
>  11万~12万年前という報告書は、世界的には、まだ認められてないということでしょうか。

旧石器というと、例のねつ造事件がいまだに影を落としているようですね。砂原遺跡についても、これだけの発見なのに、マスコミはじめ反応薄です。海外の学者も注目していないように感じます。もしこの発表が真実なら、11~12万年前に日本にもネアンデルタール人などがいたか、或はすでに現生人類がいたか、など画期的なことになるはずですが・・・・。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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