銅鐸にみる「西→東」への権力移動 (3) ~ 銅鐸の分布からわかること

前回は、銅鐸の形式についてお話ししました。今回は、それらの銅鐸が、日本全土でどのように分布しているのかをみていきます。

銅鐸の分布というと、昔歴史の授業で習った、「銅鐸圏」、「銅矛圏」の話を思い出します。銅鐸、銅矛の分布には地域的に大きな偏りがあり、畿内を中心とする「銅鐸圏」と、九州北部を中心とする「銅矛圏」に分けられる、というものです。

その後、「銅矛圏」内とされてきた島根県の荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡で多くの銅鐸が発見され、また佐賀県吉野ヶ里遺跡でも銅鐸が発見されるなど、かつての説は成立しなくなりました。

ただし、青銅器による分布が大まかな傾向を示しているのは間違いなく、教科書でも下のような図が使われているようです。


銅鐸分布
上の図は、あくまで全体の傾向であり、時間の変遷を考慮していないので、それらがどのような推移をしたのかが、よくわかりません。そこで、銅鐸の各形式がどのように分布し、どのようは盛衰をしたのかを追いかけます。出典は、引き続き、「弥生銅鐸のGIS解析ー密度分布と埋納地からの可視領域ー」(吉田広、増田浩太、山口欧志)および「銅鐸分布考」(WEB版)です。

最も古い菱環鈕式銅鐸は、出土地が明確なものが少ないため、密度分布図は作成されていません。次の外縁付鈕式からです。

1.外縁付鈕1式銅鐸の密度分布(下の図5)
 中四国地方東部から東海地方の広範囲に、銅鐸分布の広がりが確認できる。なかでも、密度分布の高まりを、特に出雲地方に認められるが、これは加茂岩倉遺跡出土39個中の19個によるものである。他地域出土銅鐸とも同笵関係(同じ鋳型で製作されたもの)もあるが、同笵関係の結節点はむしろ畿内地域に集まり、出雲地域を分布の中心地、あるいは進んで製作地とまでみなす必要はない。他方、出雲地域ほどではないが、畿内地域と尾張地域にも密度分布の高まりが認められる。”

<解説>
出雲地方の密度分布が高いのは、島根県加茂岩倉遺跡から多くの銅鐸が発掘されたからわかるのですが、図5を見る限り、”同笵関係の結節点が畿内に集まっている”とは言えないのではないでしょうか?。福井県(越の国)出土銅鐸にしても、図6では、出雲銅鐸と同笵関係にあるわけですから。
さらに、2015年に淡路島にて発見された銅鐸が、加茂岩倉遺跡のほか、同じく島根県荒神谷遺跡出土との銅鐸と同笵関係にあることがわかっています。となると、やはり分布は、出雲を中心に考えるべきではないでしょうか?。むろん、淡路島との関係も見逃せませんね。


2.外縁付鈕2式銅鐸の密度分布(下の図6)
”分布全体の広がりは、前段階とほとんどかわらない。出雲地域については前段階と同様に説明できるが、この段階から畿内地域の密度分布が高まる。銅鐸群としての型式学的まとまりが成立し、それに応じた銅鐸製作地が畿内地域の南北に想定されるのもこの段階からであり、畿内地域での製作・流通が、密度分布にも対応した格好である。
同笵関係の結節点も、やはり畿内地域を中心とし、因幡地方や讃岐・阿波地域などで密度分布の高まりを認められるが、同笵関係において、いずれも畿内地域との連関を示す。”

<解説>
出雲地方から畿内に中心が移っていく様子が、見てとれます。一方、鳥取県東部(因幡地方)や、四国北東部(阿波・讃岐地方)、また数は少ないものの福井県(越の国)との関係も、注目ですね。



銅鐸分布1 


ようは、図5、図6を単純にみると、出雲地方から東へと移行していると言えます。


3.扁平鈕1式銅鐸の密度分布(下図7)
”全体分布が、わずかながらも東西に拡大する。加茂岩倉の余波により出雲地域にまだ高密度を残すが、基本的に畿内地域を中心に高密度分布域を形成する。しかし、前段階と異なり、紀伊地域から阿波・讃岐地域、そして吉備地域へと同様の高密度地域が続く。製品での分布密度は高くないが、播磨地域において鋳型出土があり、畿内地域以外での製作が確実に存在する。製品の密度分布における畿内地域以外の高まりも、銅鐸製作地拡散による可能性が想定できる。実際、同笵関係も前段階とは大きく変動し、同笵関係自体が減少し、しかも畿内地域を外れた連関を示している。”

<解説>
畿内への移行とともに、阿波・讃岐に続き、紀伊・吉備に広がってます。


4.扁平鈕2式銅鐸の密度分布(下図8~10)
”点数自体が最大になるとともに、全体分布がさらに拡大し、銅鐸分布のほぼ最大範囲となる。密度分布は、前段階よりやや後退して、畿内地域への集中が再び強まったようにも見える。しかし、阿波・讃岐地域になお高密度地域が舌状に広がる(図8)。これを、亀山や名東といった特徴的な銅鐸群別で見てみると、畿内地域よりも東四国地域に中心をおくことがある(図9・10)。前段階の製作地拡散を考慮し、鋳型出土は欠くものの、密度分布には明確に表れない特徴的な銅鐸群も存在し、畿内地域以外での製作が強く想定される。”

畿内への集中が再び強まっているように見えますが、亀山・名東といった特徴的な銅鐸が東四国に集中してます。この地域に、畿内とは一線を画す巨大勢力があったことを推測させますね。

銅鐸分布2 

銅鐸分布3 



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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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