宋書倭国伝を読む(その2)~倭の五王とは本当は誰だったのか?

では、倭の五王とは、具体的に誰なのでしょうか?。

学界では、さまざまな説があるものの、おおむね以下のとおり各天皇に比定しています。

は、履中(17代)、もしくは仁徳(16代)、
           もしくは応神(15代)
は、反正(18代)、もしくは仁徳(16代)
は、允恭(19代)
は、安康(20代)
は、
雄略(21代)

歴史の教科書でも習いましたよね。でもずい分と、わかりにくて覚えにくいなあ、と思いませんか?。なぜなら、同じ名前の人が、一人もいないからです。

比定した根拠を例示すると(「失われた九州王朝(古田武彦著)」より)、
・・・履中説は、履中の本名である去来穂別
    (イサホワケ)の第二音「サ」を「讃」と表記
    
した。〈松下見林説〉
  ・・・ 仁徳説の場合は、仁徳の本名である大鵜鶴
    (オホササギ)の第三、四音の「サ」(または
    「ササ」)を「讃」と表記
した。〈吉田東伍説〉
・・・反正説は、反正の本名である瑞歯別
    (ミズハワケ)の第一字「瑞」を中国側が
    まちがえて「珍」と書いてしまった。
    
〈松下見林説〉
・・・允恭の本名である雄朝津間稚子
    (ヲアサツマノワクコ)の第三字「津」を
    中国側でまちがえて「済」と書いてしまった。
    
〈松下見林説〉
  ・・・允恭の第三、四音の「津間ツマ」は「妻ツマ」
    であり、この音「サイ」が「済」と記せられた。
    
〈志水正司説〉
・・安康の本名である穴穂(アナホ)がまちがえ
    られて「興」と記せられた。
松下見林説〉
  ・・・「穂」を「興」(ホン)とあやまった。
    〈
新井白石説〉
・・・雄略の本名である大泊瀬幼武
    (オホハツセワカタケ)の第五字(最終字)
    「武」をとった
。〈松下見林説〉
などです。
最後の雄略が武というのは、なんとなくわからなくもありませんが、あとはずい分とこじつけているように思えるのは、私だけでしょうか?。

倭の五王の系譜と天皇の系譜を比較すると、下図の通りです。なお、珍と済の関係は、宋書倭国伝には書かれていないのでわかりません。しかし後に書かれた梁書倭国伝に、同様の記載があり(珍は弥と表記)済は珍(弥)の子とされてるので、そのとおりで間違いないでしょう。


倭の五王系譜

武は雄略天皇で異論がないとされているので、それを基に考えても、系譜のうえで、ぴったりとはあてはまりません。済を珍の弟とすれば、あてはめることは可能ですが、梁書倭国伝を見る限り、無理やり感は否めません。その他矛盾は多々あり、これで納得しろと言われても、はいそうですか、とはとてもじゃないが言えません。

それでは、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか?。

答えは、シンプルです。なんのことはない、出発点が間違っているのです。つまり、始めに、「倭の五王=天皇」と決めつけ、当てはめようとしているところに、間違いがあるのです。
本来なら、倭の五王の系譜や時代を基に可能性のある系譜を探し、そこに該当者がいなければ別の系譜を探すのが、科学的アプローチでしょう。それを結論ありきで検討してますから、無理が出るのも致し方ありません。

そもそも、日本書紀には、倭の五王の話が出てきません。これだけ熱心に中国皇帝に対して官職を求め、ほぼ願いがかなったわけですから、当然誇らしげに書くでしょう。ところが、その手の話は、一切ありません。

では、具体的に誰なのか?です。

前回宋書倭国伝の倭国は、邪馬台国を系統にもつ勢力(古田武彦氏のいう九州王朝)である、という話をしました。となれば、倭の五王とは、当然その九州王朝の王ということになります。
そして九州王朝に、讃、珍、済、興、武という一字の名前をもつ王がいた、ということです。

それに対して、「九州王朝など、ほんとうにあったのか?」という疑問が湧くでしょう。
その疑問に対しては、「宋書倭国伝の倭国がどこにあったのか?。」を考える必要があります。九州にあったのであれば、九州王朝があったことになります。それがはっきりすれば、倭の五王の正体も明らかになる、ということです。
そしてそれは、今後、少しずつ、明らかになっていきます。

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Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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