三国志魏志濊(わい)伝・韓伝を読む 前編~ 中国が朝鮮半島を南下した結果・・・?

前回・前々回と、三国志魏志東夷伝の序文を読みました。今回は、同じ東夷伝のなかの、濊(わい)伝韓伝を読んでいきます。長文になるので、倭に関するところだけを、抜粋して取り上げます。現代訳は、「倭国伝(藤堂明保・竹田晃・影山輝国訳)」によります。まず濊伝からです。

【現代訳】
朝鮮の東海岸に住む濊(わい)の国は、南は辰韓(しんかん)と、北は高句麗・沃祖(よくそ)と境界を接し、東は海となっている。今の朝鮮の東の地のすべてが濊の国である。戸数は二万戸である。
昔、殷(いん)の貴族である箕子(きし)が朝鮮に行き、国をつくり、八条の教えをこしらえて民に教えた。門にかんぬきをおろさなくても、人民の中で盗みをするものはいなかった。
その後、王が四十代替わり、朝鮮候の準(じゅん)が、自分勝手に王と名乗った。秦(しん)末に陳勝たちが蜂起して、天下の人々が秦にそむいた(前209年)。燕(えん)・斉(せい)・趙(ちょう)の人民で戦乱を避けて、朝鮮に逃げた人は、数万人もあった。燕の出身で、衛満(えいまん)という人が、さいづちまげを結い、朝鮮族の服装をして、この人々の王となった。漢の武帝が朝鮮半島を攻めて滅ぼした時(前108年)、その地方を漢の領土として四つの郡を置いた。これから後、胡(こ)族と漢族とは分れて住むようになった。・・(以後略)・・・

【解説】
殷(いん)の箕子(きし)が、朝鮮に行き、その民を教化した話は、以前のブログで紹介しました(箕氏朝鮮、BC12世紀-BC194年)。詳しくは
「漢書地理志の中の倭人 ~ 孔子は日本にあこがれていた!?」(2015/11/12号)
を参照ください。
その後の話です。秦の始皇帝が死去し(BC210年)、配下の陳勝が蜂起し(陳勝・呉広の乱)、最終的に国王となり、国名を張楚と定めます。その動乱で、多くの民が朝鮮に逃れました。その中の一人が燕の衛満で、朝鮮の王となりました(衛氏朝鮮、BC195年)。その衛氏朝鮮を、漢の武帝が攻め滅ぼしたわけです(BC108年)。中国側からみれば征服したのですが、朝鮮側からみれば、征服されたことになります。一連の話は、次の韓伝にも描かれています。


では、韓伝を読んでいきます。


【現代訳】
韓は帯方の南にあって、東西は海まで続いている。南は倭と境を接している。面積はおよそ四千里四方である。三種類に分かれていて、一つめは馬韓(ばかん)と、二つめは辰韓(しんかん)、三つめは弁韓(べんかん)という。辰韓とは、昔の辰国(しんこく)のことである。馬韓は西に位置している。そこの人は土著の民で、耕作を絹を作ることを知り、綿布も織っていた。

【解説】
冒頭は、韓の位置を説明した上で、馬韓・辰韓・弁韓という3つの国から成り立っているとしています。
注目すべきは、東西は海まで続いている。南は倭と境を接している。」との記載です。東西は、地図を見ても明らかに海なので、異論はありませんが、問題は「南は倭と境を接している。」です。現在の国境を考えると、ここも「海まで続いている」とすべきですが、「南は倭と境を接している。」となっているのは、なぜでしょうか?。
答えは簡単です。ようするに、海に国境があったのではなく、陸地すなわち朝鮮半島南部に国境があった、ということです。つまり、倭国は、朝鮮半島南部を領土として韓と接していた、ということになります。
図示します。
三国志時代の朝鮮半島


【現代訳】
・・(中略)・・・
朝鮮候の箕準(きじゅん)は、以前から自分で王と名乗っていたが、燕から亡命してきた衛満に国を攻めとられてしまった。箕準は側近の官人たちを率いて逃げ、海路、馬韓人の土地に入って住みつき、自ら韓王といった。箕準の子孫はその後途絶えてしまったが、韓人には今でも箕準の祭祀を奉る人がいる。
韓は、中国の漢代には楽浪郡に属し、季節ごとに郡の役所に挨拶に来ていた。
後漢の恒帝(かんてい)・霊帝(れいてい)時代(146-189年)の末頃になると、韓や濊が強盛になり、楽浪郡やその支配下の県が統制することができなくなってきた。そして、それらの郡県の人々が多数韓の諸国に流入した。

【解説】
穢伝にある箕子朝鮮が、燕から亡命してきた衛満に滅ぼされた話です(BC195年)。それに伴い、箕準が馬韓の地に逃れ、韓王となりました。その後も多くの人々が韓の地にはいってきた、とあります。以上の流れとともに、多くの中国にいた倭人も朝鮮半島に入り、さらに南下してきたと思われます。詳しくは、
「中国最古級資料からみた倭人の源流 ~ やっぱり倭人は揚子江下流域からやってきた! 」(2015/11/18号)
を参照ください。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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