邪馬台国までの道程をたどる(7)~中国史書のルールにしたがえば邪馬台国の位置はここだ!!

  前回は、中国史書における行路表記法を基にして、邪馬台国までの行路を、お話しました。皆さんの最大の関心は、「それはわかったが、具体的に、邪馬台国はどこにあったのか?」だと思いますので、今回は、いよいよそれをお話ししたいと思います。

おさらいしますと、伊都国までは、ほぼ確定で、問題はここからです。
まず、伊都国から東南に行くと奴(ぬ)国に至ると記載されてますが、前回お話しした邪馬台国までの行路図Dをご覧ください。 この図からわかる通り、これは傍線行路となります。つまり邪馬台国へ向かう主線行路から分岐するわけです。

次に、東へ進むと不弥(ふみ)国に至るとあります。これは、邪馬台国までの、主線行路にあたります。不弥国の位置は、博多湾に面する姪浜(めいのはま)あたりではないかと、推測されます。

不弥国から南へ水行、つまり船で二十日行くと、投馬(つま)国に至る、とあります。これも傍線行路です。不弥国の北に海はありますが、南は山です。そこで、川を南下したのだ、という説明もありますが、二十日も南下できる川はありません。不弥国は、港湾都市と考えられますから、不弥国の港から出て、東へ陸地沿いに進み、やがて南下したことになります。二十日船に乗れば、1日500里として、10000里、すなわち750kmとなりますから、かなりの遠方です。鹿児島あたりかと考えられます。

そして、南、邪馬壹(台)国に至る、です。これは、もうおわかりの通り、不弥国からの主線行路です。距離が記載されていないのは、両国が接していたから、あるいは最終到着地がその国の中央政庁もしくはそれに準ずる機関とすると、そこまでの距離が、100里に満たない距離であったためでしょう。
以上を図示します。

邪馬台国まで(12)

邪馬台国を中心として、北に不弥国、西に奴国、西南に伊都国、南に投馬国と、四至に沿って、表現されていることが、わかります。(東方面は、これから出てきます。)
では、邪馬台国の中心拠点、つまり卑弥呼の住んでいた宮殿は、どのあたりでしょうか?。不弥国を姪浜として、そこから南に向いすぐ、ということから、そこに中央政庁あるいはそれに準ずる機関があったと考えられます。古田武彦氏は、
"「長垂山ー叶山ー飯盛山ー王丸山ー西山」の線を西限とし「西公園ー大濠公園ー鴻ノ巣山ー片縄山」の線を東限とする、室見川流域と周辺山地が、少なくとも、三世紀 女王国の中心の、第一の候補地といえよう。そして第二の候補地は、那珂川と御笠川(那珂川の東に並行して流れる川)の流域である。"
と比定しています(「邪馬台国はなかった」より)。
もちろんこれはおおむねの位置であって、日本本土への上陸地点が、末蘆国の呼子あたりとすれば、西にずれますし、1里の距離が、75mより長いとすれば、東にずれます。

下に図示しました。
邪馬台国中心領域 
 
不弥国の南側すぐの位置に、室見川があることが、確認できるかと思います。

ところで、邪馬台国は、どのくらいの広さがあったのでしょうか?。簡単な計算をしてみましょう。何か基準がないと現実味がありませんので、ここでは、吉野ヶ里遺跡のデータを基にします。
吉野ヶ里遺跡は、外環濠集落が約40haです。人口は、最盛期で外環濠集落内が1200人、クニ全体で、5400人くらいではなかったかと、推定されています(吉野ヶ里歴史公園HPより)。
すると、人口密度は、
1200人÷40ha=30人/ha
となります。100メートル四方に、30人の人が住んでいたことになりますが、これだけではピンとこないかもしれません。私はかつて都市開発の仕事をしていたことがありますが、ニュータウン開発では、一戸建て住宅とすると、100人/haが一般的でした。となると、現代の一戸建て住宅のニュータウンの、3分の1程度の人口密度だったことになります。
弥生時代の住居というと、広い平原に、竪穴式住居がポツポツと点在して、そのなかでゆったりと人々が住んでいる姿を想像していましたが、そうではないようです。

さて、その外側にクニが広がっていて、クニ全体で5400人くらい、とあります。クニ全体の面積がはっきりしませんが、仮に外環濠集落の10倍として、400haとなります。人口密度は、
5400人÷400ha=13.5人/ha
となります。

一方邪馬台国には、7万戸の人々が住んでいた、と記載されています。1戸当たり何人の人々が暮らしていたかわかりませんが、仮に6~7人とすると、42~49万人となります。これは、すさまじい数です。弥生時代に、これだけの人が住む都市があったのか、想像しにくいですが、魏志倭人伝の記載を事実とすると、こうなります。
さて、吉野ヶ里のクニが、ha当たり13.5人とすると、邪馬台国の人口を45万人として、邪馬台国の面積は、
450,000人÷13.5人/ha = 約33,000ha
となります。
上の図の邪馬台国の範囲は、ほぼこの面積に合わせてます。

ちなみに、福岡市の面積は、34,100ha、人口は約150万人ですから、福岡市の広さにほぼ等しく、人口は、約3分の1となります。今の福岡市には、高層マンションもあるわけで、そうしたなかで、人口密度が3分の1とは、ずいぶんと高い数字ですね。

もちろん、これは仮定を置いての計算結果なので、仮定を動かせば、結果も変わりますが、イメージをつかむことはできたと思います。

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やはり福岡でしたか

邪馬台国は福岡市に決まり!と最近古代史ブログでは確定ではないかと言われている場所に決まりほっとしました。藤原氏政権後はそれ以前の歴史が全く記録されていないという不思議は困ったものです。記録があったとしてもつじつまの合わない捏造の歴史といわれているようです。邪馬台国も邪馬イチ国ではなかったかとの解釈もブログでは見られます。漢語でのタイとイチの使われる頻度での解釈も邪馬台国探しのポイントとされているのも拝見したことがあります。公式にも邪馬台国畿内説?ではなく福岡説になるといいのですが、萬世一系では無理でしょうか。あと100年かかりそうな古代史解明ですね。

No title

奴国のほとんどが山の中になってしまいましたね。
奴国って中国の史書に何度か出てくるかと思いますが、
そのような有力国のが山の中とは素人には考えずらいです。
食料を確保するためには平地が必要になってくるんじゃないでしょうか?

Re: やはり福岡でしたか

> 出雲小社さんへ
今回は、邪馬台国の位置を具体的に特定しているため、反響も予想していましたが、早速のコメントありがとうございます。こうした考え方が、邪馬台国論争の同じ土俵に乗り、お互いに意見を闘わせることができる日が来ることを期待してます。

Re: No title

> 奴国のほとんどが山の中になってしまいましたね。
> 奴国って中国の史書に何度か出てくるかと思いますが、
> そのような有力国のが山の中とは素人には考えずらいです。
> 食料を確保するためには平地が必要になってくるんじゃないでしょうか?

奴国の位置は、大まかに円形に描いたため山地ばかりになりましたが、伊都国近辺の平地や海に近い地域も、含まれていたと思われます。
なお、中国史書に出てくる「奴国」とは、たとえば、後漢書に出てくる志賀島金印の「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」を指していると思われますが、それは「奴国」ではなく「委奴(いぬ)国」と読み、倭の国王を指していることは、以前のブログでお話しました。「後漢書倭伝を読む その3~金印「漢倭奴国王」の本当の読み方とは? 2015/6/12号」を確認ください。

どうもこんにちは。倭国の人口についての議論で、九州内に記述にある人口が収まらないのではないかという意見があります。私は単に農業生産に頼るなら無理が有るのかもしれませんが、交易が倭国経済を潤していたならば、無理はないと思うんです。外国でも、砂漠のオアシスや島国であっても、交通の要衝や貿易センターの役割があれば有り得ないような人口をかかえていたと思われる古代都市の例はありますよね。倭国は交易のある賑やかな国であるという、記述があったと思うのですが。

Re: タイトルなし

通りすがりさん
コメントありがとうございます。人口については、わたくしも今回吉野ケ里遺跡のデータをみて、あまりに人口密度が高いので驚きました。当時の倭国は、我々が想像するよりはるかに賑わっていたのでしょう。魏志倭人伝のなかにも、「伊都国に監察官のような役人がいて魏からの贈物を厳しく検査する。」とありますが、逆に言えば、それだけ物の行き来が多かったから、その必要があったのでしょう。貿易センターの役割だったと言えるかもしれませんね。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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