一年で二回の年を数えたという「二倍年暦」説は本当か?(4) ~ 古代世界は「多倍年暦」だった?

さて、孔子の時代、すなわち紀元前5~6世紀が「二倍年暦」だとすると、それ以前はどうだったのでしょうか?。 

孔子は、中国山東省にあった魯(ろ)の国の人です。魯は、周公旦(周王朝の開祖である武王の弟で、武王の子成王を補佐した)の子伯禽が成王によって封ぜられて成立した国です。周王朝の礼制を定めたとされる周公旦の伝統を受け継ぎ、魯には古い礼制が残っており、この古い礼制をまとめ上げ、儒教として後代に伝えていったのが、孔子です。

周公旦の時代から約500年後の春秋時代に生まれた孔子は、魯の建国者周公旦を理想の聖人と崇めました。孔子は、常に周公旦のことを夢に見続けるほどに敬慕し、ある時に夢に旦のことを見なかったので「年を取った」と嘆いたと言うほどでした。

その周王朝の王について、見てみましょう。
*「新・古典批判「二倍年暦の世界」3 孔子の二倍年暦」(古賀達也氏)を、参考にします。

・成王(前1115~1079)    在位37年
・昭王(前1052~1002)    在位51年
・穆王(前1001~ 947)     在位55年
・厲王(前878~ 828)   在位51年
・宣王(前827~ 782)      在位46年
・平王(前770~ 720)      在位51年
・敬王(前519~ 476)      在位44年
・顯王(前368~ 321)      在位48年
・赧王(前314~ 256)      在位59年
  ※『東方年表』平楽寺書店、藤島達朗・野上俊静編による。

以上のとおり、古代周王朝において、在位年数が突出して長い王が、多くいます。在位五十年を超えるということは、10代前半で即位したとしても亡くなった歳は60歳代以降ということになります。もちろん長寿の王がいておかしくはありませんが、当時の平均的な寿命を30歳台とすると、「長生きの王が多すぎる」といった印象はもちます。

さらに、古賀氏は、”司馬遷の『史記』において、周王朝に先立つ夏王朝において、黄帝・堯・舜の各王の年齢が百歳を越えていることから、夏王朝前後の中国は二倍年暦であったことがうかがえる”としています。さらに、その後の『管子』、『列子』『論語』『礼記』の内容も詳細に検証して、”いずれも[二倍年歴」とみなさざるをえない”としています。

ところで、もし孔子以前の中国で、「二倍年歴」が一般的であったとすると、大きな問題が発生します。”周代の絶対年代が、現在考えられているより新しい年代になる”ということです。

この点に関して、古賀氏も
”このように周代の天子が二倍年暦で編年されているとすれば、その実年代は軒並み新しくなり、中国古代史の編年は夏・殷・周において地滑り的に変動する可能性が大きい。あまりにも、重大かつ深刻なテーマだ。今後の研究課題としたい。”と、慎重な見解を述べています。

他文献とつじつまが合うのか、遺跡、出土物との整合性があるのか、など多くの事柄を検証して、結論づけるべきテーマです。

ところで、古代西洋は、どうだったのでしょうか?。

たとえば聖書をみてみましょう。聖書にも多くの神々が出てきますが、皆並はずれて長命です。列記します。

アダム     930歳
セツ         912歳
エノス         905歳
カイナン     910歳
マハラレル  895歳
ヤレド         962歳
エノク    365歳
メトセラ   969歳
レメク       777歳
ノア      950歳

<アダムとイヴ>
アダムとイヴ  
      (アルブレヒト・デューラー画)

アダムから始まり、軒並み900歳台が続きます。平均857歳です。もちろん、神話の世界と考えれば、なんら問題はありません。

しかしながら、なぜエノクを除いて、皆一様に900歳前後なのでしょうか?。「神々さ」を出すのには、ちょうどいい年齢なのでしょうか?。不思議な気はします。

それはそれで結構ですが、これを1年を24年とする「24倍年歴」で考えるとどうでしょうか。

857÷24=35.8歳

となり、昔の人の寿命を考えれば、妥当な年齢です。

「1年を24で割るなど、単なるつじつま合わせだ」と思った方も多いでしょう。実は、これには根拠があります。古代は、月の満ち欠けを元にした「太陰暦」だったことが知られています。これは、新月⇒満月⇒新月までのサイクルを、一か月としていますが、はるか昔は、
新月⇒満月を1年、満月⇒新月を1年
としていた、とする説です。確かにそれだと、1年が24年になりますね。

最近は、聖書考古学が盛んなようで、遺跡の発掘によって、聖書の記述が何らかの歴史的事実を基にしたものではないか、とする説が出てきてます。まさに、「シュリーマンの法則」です。聖書に出てくる神々も、そうした視点で考えることができるかもしれません。

ただし、この年齢の件については、単純にはいきません。たとえば、
アダムは、130歳でセツを生んだとされ、セツは、105歳でエノスを生んだ、とされています。
「24倍年歴」だと、4~6歳で子供を生んだことになり、いくらなんでもありえません。もっとも、実子だったとしたらの話ですが・・・。

私は、聖書については詳しくないので、これくらいにしておきますが、ここでは、”古代の世界では、「二倍年歴」あるいは「多倍年歴」が使われていた可能性がある”、ということを、頭の片隅に入れておいてください。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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