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日本語系統論(13)~日本語はもっとも古い言語のひとつ!?

ここまで12回にわたって、松本克己氏の「世界言語のなかの日本語」論を読みながら、解説してきました。
松本氏は、
・環太平洋の言語は、ひとつのかたまりとでもいうべき特徴を備えている言語が多い。
・なかでも日本語・朝鮮語・アイヌ語・ギリヤーク語は韓日本海諸語と呼ばれる特異な特徴をもっており、系統不明である。

という説を提唱してます。

それらをさらに読み解き、
・環日本海諸語は古い歴史をもち、人類の祖先が10万年以上前にアフリカを出たときの特徴を残しているのではないか?
・アフリカからのルートは、南インドのドラヴィダ語族圏を通過し、環太平洋へともたらされたのではないか?

という仮説を提示しました。

これに関連して、別の視点から考察した興味深い論文があるので、紹介します。
「数理的手法を用いた日本語の系統に関する考察」(小橋昌明 ・田中久美子 東京大学工学部計数工学科 東京大学大学院情報理工学系研究科、言語処理学会 第 17 回年次大会 発表論文集 (2011 年 3 月))からです。

論文では、日本語の起源の仮説として、
a.アルタイ語族の一つ
b.オーストロネシア語族との関係
  環太平洋言語圏・・中国語、ミャオ・ヤオ語族、タイ・ガダイ語族、オーストロアジア語族
c.タミル語

を挙げ、これらの妥当性を数理的手法に基づいて考察しています。

これらを
1.近隣結合法
2.最大節約法
3.ベイズ法
により系統樹を生成して、考察しています。

”日本の近くの孤立言語 (日本語と同様、どの語族に属するが判明していない言語) には、韓国語、アイヌ語、ギリヤーク語 (ニヴフ語) がある。この 3 つは考察の対象とする。第 2 節を踏まえ、以下の言語を考察する。

(1) アルタイ語はツングース諸語・モンゴル諸語・テュルク諸語の 3 つに分かれる。ツングース諸語、モンゴル諸語の中で WALS (The World Atlas of Language Structure)データが一番充実しているのは、それぞれエベンキ (エウェンキー) 語、モンゴル語である。この 2 つを対象に入れる。

(2) オーストロネシア語族の中で主な言語であり、WALS データも充実しているインドネシア語、タガログ語、マオリ語を対象に入れる。その他、日本の近くの大言語で、「環太平洋言語圏」の要素である中国語を入れる。

(3) タミル語、及びタミル語と同じドラヴィダ語族南部ドラヴィダ語派に属するカンナダ語を対象に入れる。

追加データとして、松本 からのデータ(「世界言語のなかの日本語」)も用いた。同書 pp. 188~191 の表をもとにデータを作成した。素性は流音のタイプ、形容詞のタイプなど全 10項目である。松本によれば、これらの素性は「手近な語彙項目や表面的な形態・統語構造ではなく、言語の
もっと内奥に潜みしかもそれぞれの言語の基本的な骨組みを決定づけるような言語特質、話し手の認知の在り方や言語によるそのカテゴリゼーション、言語のいわば遺伝子型に相当するような形質である」。”

日本語系統樹
3 つの手法で生成した系統樹は類似している。同じ語族の言語は系統樹の近い位置に出現する。これは、それぞれの手法の妥当性をある程度示していると言える。また、どの手法でも日本語に最も近いのは韓国語になった。

日本語の系統について、どの仮説が妥当か考えるために、それぞれの系統樹で日本語からの距離を計算する。各仮説に対応する 2 つないし 4 つの言語までの距離の平均を以下に示す。それぞれの手法で距離の定め方は異なるので、異なる手法の間で距離を比較するのは無意味である。

どの手法についてもアルタイ語族が一番距離が短く、ついでドラヴィダ語族、環太平洋言語(オーストロネシア諸語・中国語)の順となっている。


日本語からの距離


この結果からは、3 つの仮説の中では日本語がアルタイ語族の系統であることを 3 つの手法が共に示唆している。松本のデータは日本語と環太平洋言語圏との類似性を指摘するものであり、それを加味してもなおアルタイ語族が最も近い語族という結果になった。また、3 つの異なる手法で同様の結果が得られたことも確実性を高めたと言える。

とはいえ、この結果は言語間の親近性を示すものであり、当然ながらこれだけから日本語がアルタイ語族の一員であると断定はできない。実際にアルタイ語族の一つであるというためには、祖語の存在とそこからの分岐を説明する必要がある。

また、アルタイ語族が語族であるのか、語族とはどうあるべきかについても再検討の余地があるだろう。これについてはさらなる研究を行う必要がある。”

難しい表現ですが、要点としては
・日本語に一番近い言語は韓国語である。
・語族でみるとアルタイ語族、ドラヴィダ語族、環太平洋言語の順に近い。
です。

この結果をもとに、冒頭提示した

・環日本海諸語は古い歴史をもち、人類の祖先が10万年以上前にアフリカを出たときの特徴を残しているのではないか?
・アフリカからのルートは、南インドのドラヴィダ語族圏を通過し、環太平洋へともたらされたのではないか?
という仮説をみてみましょう。

人類移動と言語分布
やや古い地図ですが、こちらによれば、10万年ほどまえにアフリカを出た人類は、東西に分かれ、西に向かったグループは、インド北部に到達しました。さらに東南アジアまで進み、ここで北上するグループと南下するグループに分かれます。

北上したグループが、中国大陸から日本列島に入ってきましたが、2つのルートに示されます。一つは朝鮮半島から入ってきたグループ、もうひとつは樺太から南下してきたグループです。

これによれば、日本語に一番近い言語が、韓国語であるのは、当然でしょう。
また次に近いのが、アルタイ語族であるのも、合点がいきますね。
またドラヴィダ語族は、インドでの通過点付近ですから、近いのも説明がつきます。

本来であれば、オーストロネシア諸語や中国語のほうが、ドラヴィダ語族より日本語に近くてもよさそうですが、それはのちの時代に、その地域の言語が変化したからでしょう。

以上のように考えると、”日本語を含む環日本海諸語は、10万年以上前にアフリカを出たときの特徴を残している。”という仮説も、説得力が出てくるのではないでしょうか?


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日本語系統論(12)~まとめ 人類祖語

 
ここまで「言語類型地理論」をみてきました。
その特徴として、
a.流音のタイプ
b.形容詞のタイプ 
c.名詞の数と類別
d.動詞の人称表示
e.名詞の格表示
f.一人称複数の包含・除外の区別
g.形態法上の手段としての重複
がありました。

こうした観点からみて、環太平洋沿岸言語圏は大きな特徴をもっており、さらに日本語を含む環日本海諸語の特異性がみえてきます。そしてそれらを世界の言語からみたとき、ひとつの大きな仮説が生まれます。

それは”太平洋沿岸言語は世界の言語のなかでも古い特徴をもっており、なかでも環日本海諸語はさらに古い言語の特徴を残しているのではないか。”、という仮説です。もっというなら、”環日本海諸語は、人類が10万年前以上にアフリカを出た人々が話していた言語の特徴を多く残しているのではないか。”という仮説です。

あらためてみてきましょう。以下は、特徴が鮮明なものです。

a.流音のタイプ
L音とR音の区別があるか、ないかです。日本語は区別がないですね。


流音タイプ分布
図でみると、単式流音タイプすなわちL音とR音の区別がないタイプの言語が、環太平洋に広く分布しています。さらに注目は、アフリカ大陸南半分において、ニジェール・コンゴ、コイサンの一部にも分布していることです。コイサン族がもっとも古い部族であることは、前にお話ししました。

b.形容詞のタイプ
日本語のように形容詞を動詞のように位置付ける形容詞用言型と英語のように名詞のように位置付ける形容詞体言型に分かれます。


形容詞タイプ分布
流音タイプと同様、環太平洋に分布しています。アフリカ大陸においても南半分のニジェール・コンゴとコイサンに分布しています。

d.動詞の人称表示
日本語のように主語が変わっても、動詞は変化しないタイプを人称無標示
主語が変わると動詞が変化するタイプを単項型人称標示
アイヌ語のように主語だけでなく、目的語の人称も変化するタイプを多項型人称標示
と呼びます。


動詞の人称標示タイプ分布

多項型人称標示は、流音タイプや形容詞タイプほど鮮明ではないものの、環太平洋に分布しています。アフリカ大陸南半分のニジェール・コンゴ、コイサンに分布するのも同様です。系統孤立語も多項型人称標示が多いですね。さらにシュメール語に代表される古代オリエントのいくつかの孤立言語も多項型人称標示と推測されています。
松本氏は、日本語ももともとは多項型人称標示であったと推測しています。

e.名詞の格表示
名詞の格標示のかなめとされるのは、"他動詞のいわゆる主語と目的語の標示に関わるもの"ということなのですが、たいへん難解です。詳細は前の「日本語系統論(9)~名詞の格標示」を参照ください。
タイプとしては
・対格型・・日本語
・能格型
・中立型A アイヌ
・中立型B

に分類されます。


名詞の格標示
図は能格型格標示の分布です。これまでのタイプの特徴のように、環太平洋と内陸部といったように明確に分かれているとは言い難いです。では古層と推測される中立型Aの分布はどうでしょうか?
次の表のとおり、アイヌ・ギリヤーク・チベットビルマ・北西カフカス・ケット・コイサン(中央)が該当します。ここで注目は、アフリカ大陸で古層の部族であるコイサンとアイヌ語・ギリヤーク語が同じであることです。

さらに松本氏は、日本語・朝鮮語も、もともと中立型Aではなかったか?推測しています。ということは、日本語・朝鮮語もかつてはコイサン語と同類だったということになります。



名詞の格標示
f.一人称複数の包含・除外の区別
1人称複数の「除外形」と「包含形」の区別です。
ここで、
・「除外形」とは、聞き手を除外して、話者と(話者と関係する)第3者からなる複数を指す。
・「包含形」とは、その中に聞き手を含む複数を指す。

包括人称欠如

包括人称の区別ある言語は、やはり環太平洋を中心に分布しています。注目はアフリカ大陸です。南半分のニジェール・コンゴとコイサンに分布があることです。さらに南インドのドラヴィダ語にもありますね。

g.形態法上の手段としての重複
「重複」とは、
語の全体または一部を繰り返すことによって、物や動作の反復、増幅、強調あるいは逆に軽減、縮小などを表す造語法ないし形態上の手法。”
です。
この特徴は
「人々」「山々」「国々」など日本語に顕著です。

重複法欠如分布としては、これまで同様、内陸部と太平洋沿岸部に画然と分けられます。
注目は、重複法のある言語として、シュメール語、ブルジャスキー語、そしてドラヴィダ語があることです。
そしてアフリカ大陸では、南半分のニジェール・コンゴ、コイサン語が挙げられます。

これに関して
”南インドのドラヴィダ語圏は、サハラ以南のアフリカとオーストラリア・ニューギニアという2つの重複言語圏の間にあって、あたかも両者をつなぐ橋渡し的な役割を演じているかのように見える。”(P168)
と述べていることは、前回お話ししましt。

つまり出アフリカを果たした人々が、南インドを通過して、環太平洋まで進出してきた足跡と一致しているわけです。

以上、特徴的なものを挙げました。ここで大きな仮説があることに気づかれたと思います。

”現在世界で話されている人類のすべての言語が、何万年あるいが何十万年前に、アフリカのどこかで話されていた例えば”原始ホモサピエンス語”あるいは”人類祖語”というような単一言語に遡る可能性が決してないとはいえない。”(同書P31)

この”原始ホモサピエンス語”あるいは”人類祖語”が存在したとすると、それが出アフリカ後に、南インドを通過して、環太平洋に伝わったということになります。その痕跡が、重複法の分布に残っていることになります。


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日本語系統論(11)~形態法上の手段としての重複

ここまで「言語類型地理論」をみてきました。
その特徴として、
a.流音のタイプ
b.形容詞のタイプ 
c.名詞の数と類別
d.動詞の人称表示
e.名詞の格表示
f.一人称複数の包含・除外の区別
がありました。

今回は最後の、

g.形態法上の手段としての重複
です。

この特徴について松本氏は、”環日本海諸語を含めた太平洋沿岸言語圏の全体的な特徴を浮き彫りにする。”と述べています。

「重複」とは、
語の全体または一部を繰り返すことによって、物や動作の反復、増幅、強調あるいは逆に軽減、縮小などを表す造語法ないし形態上の手法。”
です。
この特徴は日本語に顕著です。

「人々」「山々」「国々」
「日々」「月々」「代々」「ときどき」「ところどころ」
「赤々」「軽々」
「重々」「軽々しい」
「華々しい」「女々しい」
「かわるがわる」「泣く泣く」
「とびとび」「思い思い」

「惚れ惚れする」「晴れ晴れする」
など数多くありますね。

重複法欠如


分布としては、これまで同様、内陸部と太平洋沿岸部に画然と分けられます。
注目は、重複法のある言語として、シュメール語、ブルジャスキー語、そしてドラヴィダ語があることです。
そしてアフリカ大陸では、南半分のニジェール・コンゴ、コイサン語が挙げられます。

これに関して
”南インドのドラヴィダ語圏は、サハラ以南のアフリカとオーストラリア・ニューギニアという2つの重複言語圏の間にあって、あたかも両者をつなぐ橋渡し的な役割を演じているかのように見える。”(P168)
と述べています。

つまり出アフリカを果たした人々が、南インドを通過して、環太平洋まで進出してきた足跡と一致しているわけです。

ところで、前に大野晋氏の日本語・タミル(ドラヴィダ)語同系説への批判を書きましたが、この話と矛盾するではないか、と思っている方も多いでしょう。
ところが「日本語・タミル語同系説」は全く間違っていると主張しているのかというと、そうではなく、あくまで大野氏のいう2000から2500年前に伝わったという時期について、批判しているのです。松本氏はさらに古い時代までさかのぼれば、同系の可能性はある。」と述べています。

”現在世界で話されている人類のすべての言語が、何万年あるいが何十万年前に、アフリカのどこかで話されていた例えば”原始ホモサピエンス語”あるいは”人類祖語”というような単一言語に遡る可能性が決してないとはいえない。”(同書P31)

この”原始ホモサピエンス語”あるいは”人類祖語”が存在したとすると、それが出アフリカ後に、南インドを通過して、環太平洋に伝わったということになります。その痕跡が、重複法の分布に残っていることになります。

ちなみに前回の、f.一人称複数の包含・除外の区別においても、ドラヴィダ語は環太平洋言語圏と同じです。



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日本語系統論(10)~一人称複数の包含・除外の区別

今回は、1人称複数の「除外形」と「包含形」の区別です。
ここで、
「除外形」とは、聞き手を除外して、話者と(話者と関係する)第3者からなる複数を指す。
「包含形」とは、その中に聞き手を含む複数を指す。
と解説されますが、わかりにくいですね。

たとえば日本語では、「私ども」「手前ども」は、聞き手を含まず、一方、日本人同士の間で、「我々日本人は」というようなときの「我々」は日本人を含んでいます。ただし、現在の標準的な日本語では、人称カテゴリーとして確立されていません。「私たち」には、聞き手を含む場合もあり、含まない場合もあります。

こうした区別のカテゴリーとしての確立は、環日本海諸語のうち、アイヌ語とギリヤーク語にはありますが、日本語と朝鮮語には欠けており、動詞の人称標示と同じです。 ただし琉球諸方言の多くは、区別があります。

以下、こうした区別のカテゴリーの有無の分布です。

・太平洋沿岸部の南方圏
 中国語 北京方言を除いて区別みられない。
 それ以外の語族・言語群では、区別みられる。ミャオ・ヤオ、タイ・ガダイ、オーストロネシア、オーストロアジア、チベット・ビルマ諸言語

”最も注目されることは、それぞれの語族のなかで、話者が多くしかも文化的・社会的ないし歴史的に多少とも有力な言語が、区別を欠いているということ。”と指摘しています。

・ユーラシア内陸部
西側を占める言語群が徹底してこの区別を欠いている
 セム語族、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、アルタイ諸語のなかのチュルク語族
 系統的孤立言語 シュメール語、バスク語、ケット語、ブルシャスキー語

”包含・除外の区別は、言語的ヨーロッパにとって全く未知・無縁な現象であった。”

欠如圏から離脱する言語(区別圏)は、ドラヴィダ語、モンゴル語、ツングース語、カフカス諸語。この欠如圏は、シベリアを伝わって東方へ延び、北米大陸北部まで広がる。

・アフリカ
語族ぐるみで欠如するという現象はみられない。
コイサン語族など、区別をもった言語は少なくない(中部・南部など)。

・アメリカ大陸
北米大陸を除くと、区別圏がほぼまんべんなく分布。

・オーストラリア原住民諸語
 区別圏がほぼまんべんなくあらわれる。

包括人称欠如

これらを概括して区別について、”ユーラシア西部とその北方延長圏を除いて、世界言語のほぼ全域に行き渡っているという事実は、これが人類言語に古くから備わった重要な言語特徴であることを示唆している。”と述べています。

ではなぜ”太平洋沿岸言語圏で一部の言語、それも社会的・文化的に影響力のある言語が、一様に包含・除外の区別を欠いているのはなぜか?”という問いを提起したうえで、とても興味深い指摘をしています。

区別欠如圏は、”大きな特徴として、それぞれに複雑な敬語法を発達させている。”というのです。どういうことかというと、
 
”敬語法と呼ばれる話法は、話し手を軸とする聞き手ないし第三者との間の社会的な階層関係による呼称の差別化と場面に応じた選択という形で現れる。このような敬語法が、人称代名詞の体系に何らかの影響を及ぼす。
・・・
元あった人称代名詞は、いわゆる「タテ社会」の階層化を反映して、さまざまな呼称によってあるいは補われあるいは置き換えられて、人称代名詞本来の直截な体系が失われる。”

と述べています。

つまり、太平洋沿岸部の欠如圏は、「タテ社会」が発達するにつれて敬語法が生まれ、その結果次第に一人称複数の包含・除外の区別が失われていったのではないか、というのです。

一方のインド・ヨーロッパ語族などはどうなのでしょうか? 松本氏は”ユーラシア西部の言語圏で人称を失わせたのは、いわば論理上の「我」と「汝」の峻別であり、文法カテゴリーとしての数の論理の貫徹であった。”と述べています。

同じ区別欠如でありながら、その要因が異なるというのも面白いところです。

最後に区別のあるアイヌ語と欠如している日本語・朝鮮語について、
”アイヌ語の側に環日本海諸語本来の古い様相が保存されているのに対して、日本語と朝鮮語の側でそれが失われるかあるいは新しい特徴に置き換えられている。
”日本語と朝鮮語がたどった道とアイヌ語の間に、大きな隔たりがあったことをはっきりと示している”(同書P145-162)
と推測しています。

ようは、日本語や朝鮮語もかつてはアイヌ語のように区別があったが、はるか昔に失われてしまったということです。

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日本語系統論(9)~名詞の格標示

 
前回は、動詞の人称標示でしたが、今回は名詞の格標示です。
たいへんややこしく難解なのですが、松本氏の著書にしたがって、解説します。

”名詞の格標示のかなめとされるのは、他動詞のいわゆる主語と目的語の標示に関わるもので、例えば日本語では「太郎が手紙を書く」という文で見るように「が」と「を」という格助詞がそのような機能を担っている。”

ここで格標示という聞きなれない単語が出てきました。ここでは、
”格標示を厳密に「名詞の側での接辞や設置詞などによる明示的な表現」に限るとする。”
と定義します。

これでもよくわかりませんね・・
続けます。

大きくわけて、対格型、能格型、中立型の3つに分けられます。

◆対格型
日本語のように、自動詞の主語と他動詞の動作主を同じ格(=主格)で表し、一方他動詞の目的語を特別の格(=対格)で標示するタイプ
<日本語の例>
主格  対格  動詞
母が  ー   来る(自動詞)
母が  娘を  愛する(他動詞)

われわれ日本人にとっては、ごく当たり前の使い方ですね。

◆能格型 
自動詞の主語と他動詞の目的語を同じ格(=絶対格)で、他動詞の動作主を別の格(=能格)で標示するタイプ
<バスク語の例>
能格 絶対格   動詞 
     娘が   来る
ー    alaba   dator(自動詞)
母が   娘を  愛する
ama-k  alaba     maite-du(他動詞)

この例でいうと、自動詞の主語(娘が)と他動詞の目的語(娘を)が同じ格(絶対格)(alaba)です。
一方、他動詞の動作主(母が)が、別の格(能格)になります。
なんともわかりにくいですね。

◆中立型
名詞の側で他動詞の主語と目的語を形態的に首尾一貫して区別しないタイプ。このような格を無標格と呼ぶことにする。
<アイヌ語の例>
無標格  無標格  動詞
母       娘    見た
hapo         matnepo  nukar


”アイヌ語では他動詞の主語と目的語がいずれも3人称(単数)の場合、両者を形態的(つまり明示的)に区別することができない。”
つまり、「母が娘を見た」とも「母を娘が見た」とも解釈できる、というのです。

日常で混乱を招きそうですが、おそらくアイヌの方々は状況において使い分けているので、混乱しないのでしょう。

英語ではこれを語順という簡便な方法で区別します。
<英語の例>
主語   動詞  目的語
The dog   chases  the cat. 

 
犬が猫を追う。
The cat    chases   the dog. 
 猫が犬を追う。


これはおなじみでわかりやすいですね。
ここでアイヌ語型を中立型A、英語型を中立型Bと呼ぶことにします。
松本氏は言及していませんが、
中立型Aのほうが、中立型Bより古いと推測されます。なぜなら中立型Aのほうが表現があいまいで原初的であり、中立型Bはその進化形のような印象だからです。

さて以上の分布です。
動詞の人称タイプと類似しますが、完全に重なるわけではありません。

■アフリカ北部からユーラシア内陸部
格標示のタイプと人称標示のタイプがほぼ完全に重なり合っている。
・単項型の人称標示と対格型の格標示
  大規模語族と結びついた連続した広域分布
・多項型の人称標示と能格型の格標示
  多くは孤立した小言語群と結びついて地理的に分断された分布

■ユーラシアの太平洋沿岸部
中立型B
  中国から東南アジアに及ぶその中心部に大きな分布。
  無標示型とほぼ重なっている。
対格型
  きわめて異例で、環日本海諸語の日本語と朝鮮語、一部のポリネシア諸言語のみ

■アメリカ大陸
中立型A
  多項型人称標示と結びついている。

ここで興味深いことがあります。これまでも日本語は古い系統の言語であり、これに対して英語などインド・ヨーロッパ語族は、新しい言語だという話でした。このため日本語と英語とは、大きく異なる特徴をもっています。

ところが名詞の格標示においては、日本語は対格語であり、インド・ヨーロッパ語族と同じです。これはどうしたことでしょうか?

これについて、
”日本語と朝鮮語との間でその用法に関しても著しい類似を示すこの格標示は、環日本海域における人称無標示型の出現と結びついた独自の発達と見ることももちろん可能であるが、しかしまた、
言語接触ー環日本海域にまで波及した”アルタイ化現象”の一局面という可能性も考えられるかもしれない。”(以上同書P138-145より)

と述べています。

ようはもともとは対格語でなかったが、アルタイ語が浸透することにより、対格語に変わっていった、ということです。

では日本語のもともとは、どのタイプだったのでしょうか?

松本氏は触れていませんが、アイヌ語・ギリヤーク語が中立型Aなので、おそらくは中立型Aではなかったと推測されます。

名詞の格標示

名詞の格標示

そしてさらに興味深いのは、中立型Aの分布です。図には標示されていませんが、表からわかるとおり、アフリカ南部のコイサン語・ケット語・北西カフカス・チベットビルマも中立型Aです。
ケット・北西カフカスは孤立言語でしたね。そしてさきほど、中立型Aは古い形態という推測をしました。

これまで紹介した、a.流音のタイプ、b.形容詞のタイプ、d.動詞の人称標示でも、環日本海諸語とアフリカの南半分は共通してました。

となると、こうした言語的特徴は、アフリカにいた人類の祖先が10万年以上前からもっていたもので、出アフリカに伴ってアフリカ外にもたらされたのではないか、という仮説が生まれます。

実はコイサン語族は、ホモサピエンスのなかで、もっとも古い系統に属すると推測されています(「人類の起源」(篠田謙一)P90より)。アフリカのなかでも、新しい部族の言語は周囲から影響を受け変質したが、コイサン族の言語は影響を受けることなく残ったとも考えられます。となると、この仮説が補強できますね。

もしかしてわたしたちが日常話している日本語は、世界のなかでももっとも古い言語的特徴をもったものかもしれない、と思うと、なんだかわくわくしませんか?

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。

拙著です!
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