日本語系統論(7)~環日本海諸語圏と国引き神話
前回、”日本海を囲んで連環のような分布を見せる朝鮮語、日本語、アイヌ語、ギリヤーク語”を「環日本海諸語」と呼ぶ話をしました。

松本氏は”「環日本海諸語」はきわめて古い時代につながっていた。”と述べています。その年代について、縄文時代以前、後期旧石器時代ころとしていますから、16000年以上前ということになります。
ここでいくつか関連する話をとりあげます。
ひとつは黒曜石です。
以前、古代出雲の話のなかで、黒曜石の話をしました。黒曜石は縄文時代以前から日本列島で産出され、貴重品として各地で交易されていました。
島根県の隠岐島もまた黒曜石の産地として知られ、山陰地方のみならず畿内や瀬戸内地域、さらには朝鮮半島やロシア沿海州にまで流通していました。

この交易範囲が、「環日本海諸語」の分布と酷似していることがわかります。つまり、縄文時代以前には、環日本海において人々の交流があり、共通の言語を使用していたということでしょう。
もうひとつは神話です。
前に、有名な「国引き神話」についてお話しました。
「国引き神話」のあらすじは、
”当初、作られた出雲国は「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」によれば「狭布(さの)の稚国なるかも、初国小さく作らせり、故(かれ)、作り縫はな」という失敗作であったという。「狭布」すなわち国の形は東西に細長い布のようであったという。そこで、八束水臣津野命は、遠く「志羅紀」「北門佐岐」「北門農波」「高志」の余った土地を裂き、四度、「三身の綱」で「国」を引き寄せて「狭布の稚国」に縫い合わせ、できた土地が現在の島根半島であるという。(Wikipedia「国引き神話」より)
通説では
高志=越国
志羅紀=新羅
「北門佐岐」=出雲市大社町or隠岐道前
「北門農波」=松江市島根町or隠岐道後
とされています。
一方で、
「北門佐岐」=北朝鮮のムスタン
「北門農波」=ロシアのウラジオストック
とする説を紹介しました。

この神話も、「環日本海諸語」の文化圏を背景にできたと考えれば、リアリティが出てきますね。
↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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松本氏は”「環日本海諸語」はきわめて古い時代につながっていた。”と述べています。その年代について、縄文時代以前、後期旧石器時代ころとしていますから、16000年以上前ということになります。
ここでいくつか関連する話をとりあげます。
ひとつは黒曜石です。
以前、古代出雲の話のなかで、黒曜石の話をしました。黒曜石は縄文時代以前から日本列島で産出され、貴重品として各地で交易されていました。
島根県の隠岐島もまた黒曜石の産地として知られ、山陰地方のみならず畿内や瀬戸内地域、さらには朝鮮半島やロシア沿海州にまで流通していました。

この交易範囲が、「環日本海諸語」の分布と酷似していることがわかります。つまり、縄文時代以前には、環日本海において人々の交流があり、共通の言語を使用していたということでしょう。
もうひとつは神話です。
前に、有名な「国引き神話」についてお話しました。
「国引き神話」のあらすじは、
”当初、作られた出雲国は「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」によれば「狭布(さの)の稚国なるかも、初国小さく作らせり、故(かれ)、作り縫はな」という失敗作であったという。「狭布」すなわち国の形は東西に細長い布のようであったという。そこで、八束水臣津野命は、遠く「志羅紀」「北門佐岐」「北門農波」「高志」の余った土地を裂き、四度、「三身の綱」で「国」を引き寄せて「狭布の稚国」に縫い合わせ、できた土地が現在の島根半島であるという。(Wikipedia「国引き神話」より)
通説では
高志=越国
志羅紀=新羅
「北門佐岐」=出雲市大社町or隠岐道前
「北門農波」=松江市島根町or隠岐道後
とされています。
一方で、
「北門佐岐」=北朝鮮のムスタン
「北門農波」=ロシアのウラジオストック
とする説を紹介しました。

この神話も、「環日本海諸語」の文化圏を背景にできたと考えれば、リアリティが出てきますね。
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