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YOUTUBE第四弾~【倭人とは何か】倭国は日本国に併合されたのか?

YOUTUBE第四弾です!

題名は
【倭人とは何か】倭国は日本国に併合されたのか?
です。




倭国とは何か? 倭人はどこからきたのか? 有名な「漢委奴国王の金印」の謎などについて考察させていただきました。

『魏志倭人伝』では「邪馬壹国」、『後漢書東夷列伝』では「邪馬臺国」と記述があります。ちなみに、壹は「一(壱)」の旧字体、臺は「台」の旧字体ですね。そして、どこにも「邪馬台国」とは書かれていません。「壹」と「臺」は漢字が似ているから、誰かが写し誤ってしまったのでしょうか? 

また、一般的に教科書などで金印の文字「漢委奴国王」は「かんのわのなのこくおう」と読みますが、本当でしょうか? 是非、皆さんのご意見や感想をコメント欄でお寄せください。
・・解説より

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日本語系統論(10)~一人称複数の包含・除外の区別

今回は、1人称複数の「除外形」と「包含形」の区別です。
ここで、
「除外形」とは、聞き手を除外して、話者と(話者と関係する)第3者からなる複数を指す。
「包含形」とは、その中に聞き手を含む複数を指す。
と解説されますが、わかりにくいですね。

たとえば日本語では、「私ども」「手前ども」は、聞き手を含まず、一方、日本人同士の間で、「我々日本人は」というようなときの「我々」は日本人を含んでいます。ただし、現在の標準的な日本語では、人称カテゴリーとして確立されていません。「私たち」には、聞き手を含む場合もあり、含まない場合もあります。

こうした区別のカテゴリーとしての確立は、環日本海諸語のうち、アイヌ語とギリヤーク語にはありますが、日本語と朝鮮語には欠けており、動詞の人称標示と同じです。 ただし琉球諸方言の多くは、区別があります。

以下、こうした区別のカテゴリーの有無の分布です。

・太平洋沿岸部の南方圏
 中国語 北京方言を除いて区別みられない。
 それ以外の語族・言語群では、区別みられる。ミャオ・ヤオ、タイ・ガダイ、オーストロネシア、オーストロアジア、チベット・ビルマ諸言語

”最も注目されることは、それぞれの語族のなかで、話者が多くしかも文化的・社会的ないし歴史的に多少とも有力な言語が、区別を欠いているということ。”と指摘しています。

・ユーラシア内陸部
西側を占める言語群が徹底してこの区別を欠いている
 セム語族、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、アルタイ諸語のなかのチュルク語族
 系統的孤立言語 シュメール語、バスク語、ケット語、ブルシャスキー語

”包含・除外の区別は、言語的ヨーロッパにとって全く未知・無縁な現象であった。”

欠如圏から離脱する言語(区別圏)は、ドラヴィダ語、モンゴル語、ツングース語、カフカス諸語。この欠如圏は、シベリアを伝わって東方へ延び、北米大陸北部まで広がる。

・アフリカ
語族ぐるみで欠如するという現象はみられない。
コイサン語族など、区別をもった言語は少なくない(中部・南部など)。

・アメリカ大陸
北米大陸を除くと、区別圏がほぼまんべんなく分布。

・オーストラリア原住民諸語
 区別圏がほぼまんべんなくあらわれる。

包括人称欠如

これらを概括して区別について、”ユーラシア西部とその北方延長圏を除いて、世界言語のほぼ全域に行き渡っているという事実は、これが人類言語に古くから備わった重要な言語特徴であることを示唆している。”と述べています。

ではなぜ”太平洋沿岸言語圏で一部の言語、それも社会的・文化的に影響力のある言語が、一様に包含・除外の区別を欠いているのはなぜか?”という問いを提起したうえで、とても興味深い指摘をしています。

区別欠如圏は、”大きな特徴として、それぞれに複雑な敬語法を発達させている。”というのです。どういうことかというと、
 
”敬語法と呼ばれる話法は、話し手を軸とする聞き手ないし第三者との間の社会的な階層関係による呼称の差別化と場面に応じた選択という形で現れる。このような敬語法が、人称代名詞の体系に何らかの影響を及ぼす。
・・・
元あった人称代名詞は、いわゆる「タテ社会」の階層化を反映して、さまざまな呼称によってあるいは補われあるいは置き換えられて、人称代名詞本来の直截な体系が失われる。”

と述べています。

つまり、太平洋沿岸部の欠如圏は、「タテ社会」が発達するにつれて敬語法が生まれ、その結果次第に一人称複数の包含・除外の区別が失われていったのではないか、というのです。

一方のインド・ヨーロッパ語族などはどうなのでしょうか? 松本氏は”ユーラシア西部の言語圏で人称を失わせたのは、いわば論理上の「我」と「汝」の峻別であり、文法カテゴリーとしての数の論理の貫徹であった。”と述べています。

同じ区別欠如でありながら、その要因が異なるというのも面白いところです。

最後に区別のあるアイヌ語と欠如している日本語・朝鮮語について、
”アイヌ語の側に環日本海諸語本来の古い様相が保存されているのに対して、日本語と朝鮮語の側でそれが失われるかあるいは新しい特徴に置き換えられている。
”日本語と朝鮮語がたどった道とアイヌ語の間に、大きな隔たりがあったことをはっきりと示している”(同書P145-162)
と推測しています。

ようは、日本語や朝鮮語もかつてはアイヌ語のように区別があったが、はるか昔に失われてしまったということです。

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日本語系統論(9)~名詞の格標示

 
前回は、動詞の人称標示でしたが、今回は名詞の格標示です。
たいへんややこしく難解なのですが、松本氏の著書にしたがって、解説します。

”名詞の格標示のかなめとされるのは、他動詞のいわゆる主語と目的語の標示に関わるもので、例えば日本語では「太郎が手紙を書く」という文で見るように「が」と「を」という格助詞がそのような機能を担っている。”

ここで格標示という聞きなれない単語が出てきました。ここでは、
”格標示を厳密に「名詞の側での接辞や設置詞などによる明示的な表現」に限るとする。”
と定義します。

これでもよくわかりませんね・・
続けます。

大きくわけて、対格型、能格型、中立型の3つに分けられます。

◆対格型
日本語のように、自動詞の主語と他動詞の動作主を同じ格(=主格)で表し、一方他動詞の目的語を特別の格(=対格)で標示するタイプ
<日本語の例>
主格  対格  動詞
母が  ー   来る(自動詞)
母が  娘を  愛する(他動詞)

われわれ日本人にとっては、ごく当たり前の使い方ですね。

◆能格型 
自動詞の主語と他動詞の目的語を同じ格(=絶対格)で、他動詞の動作主を別の格(=能格)で標示するタイプ
<バスク語の例>
能格 絶対格   動詞 
     娘が   来る
ー    alaba   dator(自動詞)
母が   娘を  愛する
ama-k  alaba     maite-du(他動詞)

この例でいうと、自動詞の主語(娘が)と他動詞の目的語(娘を)が同じ格(絶対格)(alaba)です。
一方、他動詞の動作主(母が)が、別の格(能格)になります。
なんともわかりにくいですね。

◆中立型
名詞の側で他動詞の主語と目的語を形態的に首尾一貫して区別しないタイプ。このような格を無標格と呼ぶことにする。
<アイヌ語の例>
無標格  無標格  動詞
母       娘    見た
hapo         matnepo  nukar


”アイヌ語では他動詞の主語と目的語がいずれも3人称(単数)の場合、両者を形態的(つまり明示的)に区別することができない。”
つまり、「母が娘を見た」とも「母を娘が見た」とも解釈できる、というのです。

日常で混乱を招きそうですが、おそらくアイヌの方々は状況において使い分けているので、混乱しないのでしょう。

英語ではこれを語順という簡便な方法で区別します。
<英語の例>
主語   動詞  目的語
The dog   chases  the cat. 

 
犬が猫を追う。
The cat    chases   the dog. 
 猫が犬を追う。


これはおなじみでわかりやすいですね。
ここでアイヌ語型を中立型A、英語型を中立型Bと呼ぶことにします。
松本氏は言及していませんが、
中立型Aのほうが、中立型Bより古いと推測されます。なぜなら中立型Aのほうが表現があいまいで原初的であり、中立型Bはその進化形のような印象だからです。

さて以上の分布です。
動詞の人称タイプと類似しますが、完全に重なるわけではありません。

■アフリカ北部からユーラシア内陸部
格標示のタイプと人称標示のタイプがほぼ完全に重なり合っている。
・単項型の人称標示と対格型の格標示
  大規模語族と結びついた連続した広域分布
・多項型の人称標示と能格型の格標示
  多くは孤立した小言語群と結びついて地理的に分断された分布

■ユーラシアの太平洋沿岸部
中立型B
  中国から東南アジアに及ぶその中心部に大きな分布。
  無標示型とほぼ重なっている。
対格型
  きわめて異例で、環日本海諸語の日本語と朝鮮語、一部のポリネシア諸言語のみ

■アメリカ大陸
中立型A
  多項型人称標示と結びついている。

ここで興味深いことがあります。これまでも日本語は古い系統の言語であり、これに対して英語などインド・ヨーロッパ語族は、新しい言語だという話でした。このため日本語と英語とは、大きく異なる特徴をもっています。

ところが名詞の格標示においては、日本語は対格語であり、インド・ヨーロッパ語族と同じです。これはどうしたことでしょうか?

これについて、
”日本語と朝鮮語との間でその用法に関しても著しい類似を示すこの格標示は、環日本海域における人称無標示型の出現と結びついた独自の発達と見ることももちろん可能であるが、しかしまた、
言語接触ー環日本海域にまで波及した”アルタイ化現象”の一局面という可能性も考えられるかもしれない。”(以上同書P138-145より)

と述べています。

ようはもともとは対格語でなかったが、アルタイ語が浸透することにより、対格語に変わっていった、ということです。

では日本語のもともとは、どのタイプだったのでしょうか?

松本氏は触れていませんが、アイヌ語・ギリヤーク語が中立型Aなので、おそらくは中立型Aではなかったと推測されます。

名詞の格標示

名詞の格標示

そしてさらに興味深いのは、中立型Aの分布です。図には標示されていませんが、表からわかるとおり、アフリカ南部のコイサン語・ケット語・北西カフカス・チベットビルマも中立型Aです。
ケット・北西カフカスは孤立言語でしたね。そしてさきほど、中立型Aは古い形態という推測をしました。

これまで紹介した、a.流音のタイプ、b.形容詞のタイプ、d.動詞の人称標示でも、環日本海諸語とアフリカの南半分は共通してました。

となると、こうした言語的特徴は、アフリカにいた人類の祖先が10万年以上前からもっていたもので、出アフリカに伴ってアフリカ外にもたらされたのではないか、という仮説が生まれます。

実はコイサン語族は、ホモサピエンスのなかで、もっとも古い系統に属すると推測されています(「人類の起源」(篠田謙一)P90より)。アフリカのなかでも、新しい部族の言語は周囲から影響を受け変質したが、コイサン族の言語は影響を受けることなく残ったとも考えられます。となると、この仮説が補強できますね。

もしかしてわたしたちが日常話している日本語は、世界のなかでももっとも古い言語的特徴をもったものかもしれない、と思うと、なんだかわくわくしませんか?

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YOUTUBE第三弾です~水行10日陸行1月を解明!

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『邪馬台国解明の方程式 ~ 水行10日陸行1月を解明する!』
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アニメキャラが、難問にチャレンジしています。

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プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。

拙著です!
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