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【日本人の源流】倭人は揚子江下流域からやってきた!?

 YOUTUBE第9弾です。

【日本人の源流】倭人は揚子江下流域からやってきた!?

00:00 オープニング
00:53   倭人が周王朝に献じたものとは?
06:06   金石文の中の倭人
11:01   山海経と漢書王莽伝の中の倭人
14:12   倭人は揚子江下流域からやってきた!

今回の動画では、中国の古代史書に出てくる倭人とは誰か?
中国の南方に住む民族と日本人の関係とは?
倭人の源流について解説しています!



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古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (15) 天孫降臨④~アメノウズメとサルタヒコ

アマテラスとタカギの命を受けたニニギは、葦原中国へ天降りします。
 
【ニニギが天降りをしようとする時に、天から降る途中にある八道股(分岐点)に、上は高天原を下は葦原の中つ国を照らす神がいた。そこでアマテラスとタカギの命令で天宇受売(アメノウズメ)神に、「おまえはか弱い女ではあるが、敵対する神と相対しても、面と向かって気おくれしない神である。だから一人行って、『我が御子が天降る道に誰がいるのか?』と問いなさい。」と仰られた。

そこで問うたところ答えていうのには「私は国津神の猿田毘古(サルタヒコ)神である。ここに出てきた理由は、天津神の御子が天降りすると聞き御先導をしようと思って、参り迎えに来たのだ。」と言った。】

天から降る途中にある分岐点にいた神は、上は高天原、下は葦原中国までを照らす神ですから、尋常ならざる神です。その神が誰なのかを、アマテラスはアメノウズメに問わせます。

遣わされたアメノウズメが問いかけた尋常ならざる神は、サルタヒコです。まずアメノウズメですが、天岩戸神話の際に登場しました。

”岩戸隠れでアマテラスが天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河の川原に集まって会議をした。オモヒカネの発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。

『古事記』では次のように記述されている。 「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」 つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けたアマテラスに「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力男神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。
『日本書紀』も似た記述であるが、胸乳の記述は無く、女陰については「火処(ほところ)焼き」と記され、神々の反応は記されていない。”(Wikipedia「アメノウズメ」より)

アメノウズメとサルタヒコ

このアメノウズメのエロチックな踊りは、アマテラスを天岩戸から引き出すための手段として行ったと解釈されますが、さらに深く考えて、神婚という祭祀の意味があったのではないかという解釈もあることを、前に紹介しました。
ここでサルタヒコが関係してきます。
「ポセイドーンとスサノオノミコト : 比較神話学の一方法の試み」(小林太市郎)からです。

”さて天照大神の岩戸隠れすなわち逝去にあって,この世界に日も照らず,草木みな枯れて作物みのらず,天地も人も悲歎にくれてみな号泣したということで,古代農耕民の最も痛切に体験した冬の恐怖と悲しみとがよく現されている。
しかも茲に,
「此に因りて常夜ゆく,是に万の神の声(おとない)は,狭蠅なす皆湧き,万の妖(わざわい)悉に発りき」
という同じ言葉が,前にスサノオノミコト誕生の条に,
「其泣きたまう状は,青山を枯山なす泣枯し, ……荒ぶる神の音(おとない),狭蝿なす皆満(わ)き,万の物の妖(わざわい)悉に発りぎ。」
としてすでに見えていることは注意すべきで,要するにこの冬属,死減,号泣,闇黒,妖魅災害の神が,春夏の歓喜の神に代って世界をいま支配しはじめたのである。”

”それで諸神は大いに困って集会し,衰滅した生命の根元すなわち太陽を刺激して急に回生復活させるため,春の歓楽の祭儀すなわち万物の生命を産む陰陽和合の神婚を岩戸の前で殊さら花やか に催すことになった。そのときアメノウズメノミコトが神懸りして,胸乳をかきいで,裳緒(もひ も)を番登(ほと)におし垂れておかしく舞踊し,諸神それを見て高天原もゆするように笑ったので,天照大神も不思議に息って岩戸をほそめに開けたところを引き『ずり出した』ということになっているが,これはすこしおかしい。
そういう予供だましのように愚かな話の奥には何か隠すべきものが隠されされているはずで、だいいちウズメノミコトがせっかく乳やほとまであらわして踊りながら、ただ神々を笑わせただけ というのは、まるで後代のばかげた余興にすぎない。古代の祭儀ならそこに必ず男神の対手があり、また神婚が行われたはずで、現にその対手にはサルダヒコという適任の者が居る。”

ここから天孫降臨の話になります。
サルタヒコについては、日本書紀一書(第一)では
”その神の鼻の長さは七咫(ななあた)、背(そびら)の長さは七尺(ななさか)、目が八咫鏡(やたのかがみ)のように、また赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いている。”と描写されています。

続いて、アメノウズメが、
”その胸乳をあらわにかきいでて、裳帯(もひも)を臍(ほそ=ヘソ)の下におしたれて、あざわらひて向きて立つ。”
つまり、”乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら(猿田毘古に)向かって言った。”
とあります。これを引用して、

すなわち天孫ニニギノミコトが天降りのときに,天の八衢にいて立ちふさいだサルダヒコがそれで,『書紀』に引く一書や『古語拾遺』にいま伝わる神話では、この天降りのときに ,やはりアメノウズメノミコトが胸乳を露し,裳帯を臍下に押し下して, 鼻の長さ七尋余もあるこの男神に,笑って立ち向ったところ ,サルダヒコはお供に仕えるため参向しましたと言ったことになっている。

しかしただそれだけのことなら,何のために彼の鼻が七尋もあるのか,また何の必要あってウズメ が乳や陰まであらわして笑って彼に立ち向ったのか,一向にわからない。すなわち厳粛な天孫降臨の際に,この愚劣な一塲面が何故に必要なのか全くわからない。

それは明かにどこからかそこに 移されてきたもので、神詣には屡々こういう移転の例がある。すなわちこの場面は当然岩戸の前へ 還元すべきもので ,そこで胸乳や陰処を出して笶い踊る神懸りのウズメと,大豊勢のサルダヒコ との神婚があったとすれば,それはもはや愚劣でなく,劫って最も適切な太陽復活・陽春再生の呪願をこめた祭儀として完全に生きてくる。

すなわちその神婚の祭儀から奔出する生命力が, 衰滅した太陽神に忽ち伝わり,その回生復活を強く刺激して,この世にふたたび光り輝く陽春の生命の歓喜を齎したのである。その春のよろこびを,『古語拾遺』には,「此の時に当って,上天初めて晴れて,衆倶に相見るに,面皆朗白なりき。手を伸べて歌い舞い,枳与に称えて曰く,あはれ,あなおもろ,あなたのし,あなさやけ,おけ。」と記している。”

日本書紀一書(第一)で、天孫降臨の前に、アメノウズメが
”乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら(猿田毘古に)向かって言った。”
とあるのは、抵抗していうことを聞かないサルタヒコを誘惑してなびかせるためであり、それにサルタヒコは乗ってしまったとも解釈できます。

小林氏は、アメノウズメの振る舞いは神婚の儀式であり、その対手としてサルタヒコがいる、と述べています。そしてこの天孫降臨の前の神婚の話は、本来天岩戸神話のところにあったものだ、と推測してます。

はたしてそうであるかのはなんともいえません。神婚の儀式というものは、重要な場面で行われるものであったとすれば、別々の話としてもおかしくはないからです。つまり、両場面において神婚の儀式が行われた可能性もあるとも考えられます。

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古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (14) 天孫降臨③~ニニギとアメノホアカリ

 
さて、アメノオシホミミと、タカギの娘の万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキヅシヒメ)命との間の子がアメノホアカリニニギです。
それぞれの表記をみてみましょう。

アメノホアカリ
天照国照彦火明命(アマテルクニテルヒコホアカリノミコト)ー『日本書紀』
・天火明命(アメノホアカリノミコト)ー『古事記』
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(アマテルクニテルヒコアメノホアカリクシタマニギハヤヒノミコト)ー『先代旧事本紀』


ニニギ
・天津彦彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコヒコホノニニギノミコト) - 『日本書紀』第九段本文、第一の一書、第二の一書
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命(アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコトみこと) - 『古事記』

この二神の読みの違いについて、古田氏が鋭い指摘をしています。

まずアメノホアカリですが、アマテルクニテルはアマテラスクニテラスと呼ぶべきとしたうえで、次のように述べています。

”この天火明命は祖母(アマテラス)の名前をストレートに継承している。それは疑いえない。いや、それ以上だ。なぜなら、「国照(クニテラスークニテル)」がプラスされているからだ。祖母以上の広範な、「天」と「国」との両域にまたがる支配権を象徴した名だともいえよう。
これに対し、ニニギノ命の方は、はるかに劣る。「天ニギシ国ニギシ」では、兄の天火明命の方が”正当的な”名前であるのに対し、”副次的な”印象を拭えない。そういう副次的な役割を帯びた「天津彦(アマツヒコ)」(天(アメ)の男)というのが、ニニギの名前だ。どう見ても主流ではない。それ故、天照(アマテラス)の直系は天火明(アメノホアカリ)命であって、瓊瓊杵(ニニギ)尊ではない。これが端的な結論だ。


本来の形には、当然このアメノホアカリの系譜、つまりその発展の系流の全体系もまた記されていた、と考えざるをえない。しかし、『日本書紀』では、その部分は一切カットされている。

『書紀』は「本流の系譜」の発展をカットした。その上、『古事記』は兄(天火明命)の尊称自体(天照国照)も、カットしてしまっているのである。

「造作」ではなく、「切断」である。”(同書P235-236より)

アマテラスの正当な後継者はアメノホアカリであり、その系統はカットされている、というのです。たしかに名称を見る限り、アメノホアカリの名称のほうがニニギに勝っているのは明白ですね。

天孫降臨系譜
以上の論証を補強するものがあります。前にお話した、アマテル系神社とアメノホアカリの関係性です。アマテラスというと、もともとの天皇家の信仰する神であったと考えがちですが、そうではありません。

”アマテラス大神の原型となる神の信仰がやがて王権のなかにとりいれられ、王権の祖神となっていくプロセスがあったにちがいない。”(「伊勢神宮」(千田稔)P5)

アマテラス大神の原型がアマテルであり、アマテル系神社の分布を以下のとおり図示しています。

アマテル系神社分布
”太陽神をまつることは認めてよく、さらにそれらのなかから一つのキーワードを指摘するとすれば「火明命」という神の名前であろう。”
”いま一つ私の興味を引くのは、対馬のアマテル神社だけが「阿麻氐留」と仮名表記をしている点である。”
”もし「アマテル」信仰が畿内あたりから伝搬して対馬に受け入れられたとしたら、対馬のアマテル神社は「天照神社」と漢字で表記されていた可能性も考えられるが、実はそうではなかった。「アマテル」という本来の音だけが今日まで伝えられたということは、「アマテル」系信仰の源流をこのあたりに求めうるという、一つの仮説を導くことができる。”(同書P 23より)

アマテル系神社の祭神に、火明(アメノホアカリ)命が多いことに注目です。千田氏が「アマテル」系信仰の源流と推測している対馬の
阿麻氐留神社の祭神もアメノホアカリです。一方、ニニギを祀っているアマテル系神社はありません。このことからも、アマテラスの直系はアメノホアカリであると考えるのが自然です。

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古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (13) 天孫降臨②~アメノオシホミミ


前回は、天孫降臨のもともとの司令神はタカムスヒではなかったのか、という話でした。古事記訳を再掲します。

 アマテラスタカギ(タカムスヒ)はアマテラスの子であるアメノオシホミミに、「葦原中国平定が終わったので、以前に委任した通りに、天降って葦原中国を治めなさい。」と仰られた。
アメノオシホミミは、「天降りの準備をしている間に、子が生まれました。名はニニギです。この子を降すべきでしょう。」と答えた。この御子は、タカギの娘の万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキヅシヒメ)命との間の子であるアメノホアカリの次がニニギである。
それでニニギに「豊葦原の水穂の国は、そなたが治める国である。ゆえに、天降りなさい。」と仰られた。】


アマテラスとスサノオの誓約で生まれた子が、アメノオシホミミです。漢字表記すると
正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)ー『日本書紀第六段本文他』
天之忍穗耳命(アメノオシホミミノミコト)ー 『古事記』

です。

誓約とは、
”古代日本で行われた卜占(ぼくせん)の一種。ある事柄の吉凶,真偽,成否につき祈誓して神意をうかがうこと”(精選版 日本国語大辞典 「誓約」より)
です。

”『日本書紀』神代紀第六段によるとスサノオは姉のアマテラスの前で「自分の心が清らかならば男神が生まれ、そうでなければ女神が生まれる」と誓約(うけい)を行ったという。そして姉から借り受けた勾玉をカリカリと噛んで掃き出し五皇子を生んだ。
誓約に勝ったスサノオの勝ち名乗りが「正哉吾勝」「勝速日」と考えられ最初に生まれた天忍穗耳(アメノオシホミミ)尊の名前の一部となっている。
アマテラスも同時にスサノオから剣を受け取って女神を生んでおり、これが宗像三神である。

誓約が終わったあとアマテラスとスサノオは剣と勾玉を返すという形でお互いに生んだ子を取り替えた。そのためアメノオシホミミたちは勾玉の持ち主であるアマテラスの子とされている。
『日本書紀』の一書や『古事記』『先代旧事本紀』などでは剣と勾玉の交換の有無、神を生む所作、神が生まれた順番などで細かな違いがある。一貫しているのはスサノオがアメノオシホミミら男神を生み、アマテラスがひきとって自分の子にしたということである。”(Wikipedia「アメノオシホミミ」より)

誓約とはたいへんわかりにくいですね。スサノオが五皇子を生み、その長子がアメノオシホミミです。ところがそのあとお互いに生んだ子を交換したことにより、アメノオシホミミはアマテラスの子とされました。
アメノオシホミミは皇統につながるので、これによりアマテラスが皇祖とされる根拠になってます。

しかしながらなぜわざわざこのようなややこしい筋書きにしたのか、よくわからないところです。アマテラスを皇祖とするのであれば、ここまで話を複雑化させずに、初めからアマテラスがアメノオシホミミを生んだことにすればいいと思いますが・・

これについては諸説ありますが、もともとの原型は、あくまでアメノオシホミミはスサノオの子であり、それではアマテラスが皇祖とならないので、このようなストーリーにした可能性も考えられます。

”五男神の第二、アメノホヒの子、タケヒラトリが(五男神としては)特記され、これが「出雲の国造の祖」と註記されている点から見ると、実際はやはり五男神は出雲と関係深いスサノオの子なのではあるまいか。)”(「盗まれた神話 記・紀の秘密」(古田武彦)P232より)


誓約、オシホミミ
あるいは古代日本において、誓約においてこのような習わしがあったということも考えられます。

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古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (12) 天孫降臨①~司令神は誰か?

オオクニヌシが国譲りをしましたが、ここからがハイライトである天孫降臨です。

アマテラスタカギ(タカムスヒ)アマテラスの子であるアメノオシホミミに、「葦原中国平定が終わったので、以前に委任した通りに、天降って葦原中国を治めなさい。」と仰られた。
アメノオシホミミは、「天降りの準備をしている間に、子が生まれました。名はニニギです。この子を降すべきでしょう。」と答えた。この御子は、タカギの娘の万幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキヅシヒメ)命との間の子であるアメノホアカリ次がニニギである。
それでニニギに「豊葦原の水穂の国は、そなたが治める国である。ゆえに、天降りなさい。」と仰られた。】

アマテラスとタカギがアメノオシホミミに対して指示していますが、ここは多くの論者が注目している論点です。なぜなら天孫降臨は古事記神代のハイライトであり、これが誰の指揮命令で行われたのかが、皇統の正当性にも関係してくるからです。つまりこの指揮命令を行った神こそ、皇統にふさわしいということになります。

古事記では、”天照大御神、高木神の命以ちて”と記載されており、一般的に
天照大御神、高木神のお言葉で”と訳されます。つまり両神が共同して命令したことになります。

ところが日本書紀ではさまざまに描かれています。司令神は、
・本文 タカムスヒ
・一書(第一) アマテラス
・一書(第二) タカムスヒアマテラス
・一書(第四) タカムスヒ
・一書(第六) タカムスヒ
となっています。
これらをどのように解釈すればいいのでしょうか?

これについて、通説の観点から論説した論文があるので紹介しながら、考えていきましょう。
<研究ノート>「天孫降臨神話について」(安藤美紀)からです。

まず、一書がA系統とB系統の二つの系統に分類できるとして、一書のもととなった考え方もA・Bに対応して二系統あったのではないか、と推察してます。そのうえで、

”男女二神が司令神となり、我が子を降臨させるイメージは、イザナギ・イザナミの例を挙げるまでもなく、根源的に人間の心に備わるものである。また出産は、人間の基盤をなす最初の、しかも重要な生産として、「物を生成することの霊異なる御魂」(『古事記伝』)=ムスビノ神と直結する。従って、我が子を降臨させる神は、原義として当初はムスビの神=タカムスビ・カミムスビでなければならなかったはずである。
しかし、アマテラスが皇祖神としての地位を固め、皇孫との関係においてタカムスビと結びつくようになり、その一方でカミムスビが出雲系の神としか関りをもたないことから、やがてアマテラスがカミムスビにとってかわって司令神と考えられるようになったのではないだろうか。語自体の原義としてはムスビの神を示していても、実際にはアマテラスが想定されるようになったのである。”

天孫降臨神話異伝

当初は司令神は、タカムスビとカミムスビのセットであったが、カミムスビがアマテラスにとって代わられたのではないか、と推察してます。すなわち
タカムスビ+カミムスビ

タカムスビ+アマテラス

という流れです。

”これと同じことが、記紀神話の司令神についてもいえるのではないだろうか。つまり、タカムスビは原義として皇孫と結びつく神で、アマテラスは皇祖ー皇孫の連想からつくりあげられた人工的な関係によって皇孫と結びつく神である、と。タカムスビとの関係が、生産を媒介とした呪術的・原始祭礼的なものなら、アマテラスとの関係は、皇祖神としての系譜を媒介とした、制度的・政治的なものだといえる。ともに血縁関係であるという立場は同じでも、前者は自然発生的・後者は作為的である。”

すなわち
タカムスビ
⇒・原義として皇孫と結びつく神
 ・生産を媒介として呪術的・原始祭礼的
 ・自然発生的

アマテラス
⇒・皇祖(皇孫の連想からつくりあげられた人工的な関係)によって皇孫と結びつく神
 ・皇祖としての系譜を媒介とした制度的・政治的
 ・作為的
と分析しています。

たしかに天孫降臨が後世の史官による創作ということであれば、こういう解釈も成り立つかもしれません。しかしながら、天孫降臨を「なんらかの史実に基づいたもので、それを伝えた伝承があった」という観点から解釈すればどうでしょうか。

まず司令神についてです。
注目は日本書紀の本文です。そこでの司令神はタカムスビです。日本書紀本文は、いわば当時の政権の公式見解ですが、そこでタカムスビを司令神としてるわけです。そうなると、

タカムスビ+カミムスビ

タカムスビ+アマテラス


タカムスビ

と変遷したことになります。

はたしてこのような変遷がありうるでしょうか?
日本書紀が編纂された8世紀初頭では、アマテラスの皇祖神としての地位は確立されていた、あるいは少なくとも確立されつつあったと考えられています。

そうなるとその段階で、タカムスビ+アマテラスという司令神のセットから、アマテラスを削除してタカムスビのみにしたことになりますが、あえてそのようなことをするでしょうか?
なぜなら司令神がタカムスビというのは、天皇家にとって不都合な話であり、そのように変更する動機はないからです。

実際、通説でも、
”この神話はタカムスヒ系のほうが古い形態と考えられており、アマテラス系は、天照大御神の
皇祖神化という歴史的な事情を背景に、タカムスヒ系をもとにして出来た伝とされている。”(「神名データベース 正勝
吾勝々速日天之忍穗命」(国学院大学HP))

となると史実は何なのか、です。
答えは明らかに、もともとの司令神はタカムスビだったということになるのではないでしょうか?

なお当初の史実が、タカムスビ+カミムスビだったということも考えられます。
タカムスビとカミムスビは対偶神として描かれているからです。もっともそうであるなら、なぜ古事記にそのように記載されなかったのか、という疑問は残ります。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。

拙著です!
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