日本人は、どこからやってきたか?(8) ~男性系統の移動ルート④ (N,Q系統)
Y染色体DNAのなかで、日本人男性に多くみられるC、D,O系統について、日本にやってくるまでの推定ルートを、お話してきました。この3つの系統(さらに細かく分かれますが)で、日本人男性のほとんどは占められますが、他にも割合は非常に低いものの、特徴的な系統があるので紹介します。
一つはN系統です。ユーラシア北西部のウラル系に特徴的な系統であり、ヨーロッパ北部の先住系ヒト集団を構成しているとみられます。そのN系統が、わずかながらですが日本列島にも存在しています。
<Y染色体DNA、N系統の分布図>
(Wikipediaより)
N系統の移動ルートですが、よくわかっていないようです。崎谷氏は、”祖先型が出アフリカ後、南アジアへ達し、東へルートをとって東南アジアへ達したようである。ここでNO*祖型からN祖型、O祖型が分化したと推定される(N系統の分化は8800年前か6900年前)。”としてます。そのO祖型が、その後O1,O2,O3系統に分化して、さらにO2系統から分化したO2b系統が、揚子江下流域から弥生時代に日本列島にやってきた「弥生系渡来人」であることは、前回お話しました。
N系統についても、”華北、朝鮮半島を経て、直接日本へ達したと考えられる。”としています。
それはそれでいいのですが、では彼らはどのルートで、ユーラシア北西部、ヨーロッパ北部へと移動したのでしょうか?。NO*祖型が東南アジアとすると、そこから北上して中国を通過して、モンゴルやロシアから西に向かったのでしょうか?。上の分布図をみるとそのようにも見えますが、そうなると、ヨーロッパに至るまでに随分と遠回りをしたことになりますね。
もう一つの特徴的な系統、Q系統をみていきましょう。
Q系統は、シベリアとアメリカ大陸(先住民)に限定するという特殊な分布を示しています。移動経路としては、出アフリカ後の経路は不明ですが、その祖先型が後期旧石器時代に中央アジアを経てシベリアのアルタイ山脈へ達したとみられます。約34000年前の、シベリアにおける石刃(せきじん)技法の担い手と想定されています。
<Y染色体DNA,Q系統の分布図>
(Wikipediaより)
その地で、P祖型から、Q系統とR系統に分かれ(Q系統が分岐したのは17700年前)、その後Q系統はシベリア東部へ向かい、一部は南下して日本列島へ、大多数はベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸へ達したものとみられます。Q系統は、C3系統とともに、大型哺乳動物を追ってアメリカ大陸へ渡ったマンモスハンターだと推定されています。
なお、R系統は西へ進み、ヨーロッパへ広がっていって、ヨーロッパにおける先住系遺伝子プールの主要な集団となってます。
Q系統は、後期旧石器時代に石刃技法を日本列島へ持ち込んだヒト集団の可能性が想定されてます。つまり、C系統同様に、かなり早い時期に日本列島にやってきた集団ということになります。
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