日本人は、どこからやってきたのか?(9) ~ 4つの段階別に整理すると・・・
ここまで、日本人がやってきたルートを、たどってきました。現代日本人男性のもっているY染色体DNAは、大きく分けても、C系統、D系統、O系統があり、その他、N系統、Q系統もあります。時代も数万年前から弥生時代以降にかけてと、長い年月をかけて、様々なバックボーンをもった人々がやってきたことがわかります。
話が複雑で、わかりにくくなっていると思われますので、ここで段階別に整理します。
【第一段階】
初めにやってきたと推測されるのが、C系統です。そのうち、C3系統は、シベリアから樺太を経て、北海道にやってきたと考えられます。なかには、朝鮮半島を経由して九州に上陸したグループもあるかもしれません。もうひとつ、C1系統があります。日本人に固有の系統で、インドの集団から直接日本列島の集団へ分岐したと推定されますが、移動ルートは不明です。航海術と貝文(かいもん)土器を携えて新石器時代に日本列島の南部に到達した貝文文化の民との関連が注目されてます。
マンモスハンターと推定されているQ系統も、シベリアから南下して、日本列島へやってきたと想定されます。後期旧石器時代に石刃技法を日本列島へ持ち込んだヒト集団の可能性が想定されます。
C系統が、日本列島にやってきた時期は、崎谷氏は本のなかで明確に述べてませんが、後期旧石器時代晩期から新石器時代早期とあるので、2~1万年前といったところでしょうか。Q系統、C1系統については、さらに遡る可能性もあるでしょう。C1系統は、4万数千年前にやってきた可能性もあります。
【第二段階】
やや遅れてやってきたと推定されるのが、D系統です。中国華北から朝鮮半島を経て、日本列島に到達したと考えられます。なお、中国華北から一部は、チベットへ到達したと推定されます。
時期としては、新石器時代晩期まで、とあるので、1万年前~3千年前といったところでしょうか。それよりはるかに古く、4万年近く前にやってきたとの説もあります。
【第三段階】
続いて、O系統がやってきます。そのうちのO2b系統が、中国揚子江下流域から朝鮮半島を経て、日本列島に到達しました。揚子江からの移動開始時期が2800年前と推定されているので、日本列島に到着したのは、それ以降すなわち弥生時代以降と考えられます。
詳しいことはわかっていませんが、N系統も中国華北から、朝鮮半島を経て、日本列島にやってきたと考えられます。
【第四段階】
やや遅れて、中国漢民族に特異性が高いO3b系統も、日本列島にやってきました。移動が活発化したのは、古墳時代以降と考えられます。
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