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日本人は、どこからやってきたのか?(25) ~ まとめ ・・・ わたしたち人類は皆つながっている!!

「日本はどこからやってきたのか?」について、24回にわたってお話してきました。人類誕生まで、私たちの祖先が、いつ、どのようにして日本列島にやってきたのか、さらに日本から大陸への移動、という巾広いテーマで取り上げました。まだまだわかっていないことが多いので、断定まではできませんが、全体の大きな流れは、つかんでいただいたのではないでしょうか?。

ここでポイントをまとめます。

■私たちの直接の祖先は「猿人」と呼ばれ、700万年前に、オランウータンから分岐した。その後、「原人」「旧人」へ、さらに25万年前に「新人」と進化して、「現生人類」が生まれた。その地域はアフリカである。

■近年の遺伝子工学の発展により、多くのことがわかってきた。男系と女系の移動にも違いがある。男系の移動に大きな民族移動の歴史が反映されていると推測される。それは男性にしかないY染色体DNAを解析することにより、解明できる。

■現代日本人男性のY染色体DNAで多くを占めているのが、D系統、O系統、C系統である。出アフリカの3系統すべてが共存しており、世界的にみても、珍しい民族である。

■日本列島に初めにやってきたのはC・D系統である。4万年前頃から、北海道・朝鮮半島・沖縄ルートでやってきたと推定される。弥生時代以降、O系統が、中国・朝鮮半島からやってきた。かつて唱えられた「日本人二重構造モデル」でも説明できる。

■移動の結果、現在、東日本・北海道や沖縄は、D系統が多く、西日本はO系統が多い。もともと日本列島には、D系統やC系統が多くを占めていたが、弥生時代以降、O系統が中国・朝鮮半島から渡来してきたためと推測される。

■中国史書によれば、5000年前頃から黄河流域から南下して揚子江流域へ民族移動する流れが確認され、それは遺伝子工学による推定と同じ結果である。

中国戦乱による揚子江下流域から日本列島への渡来は、2800年前から2200年前にかけてと推測される。一方、古事記、日本書紀から推測した天孫降臨すなわち渡来系弥生人の九州北部進出は、2500年前から2400年前頃と推測される。これらも、遺伝子工学による推定と同じである。

アイヌ民族は、縄文人とよく似た遺伝子で、シベリア系北方文化と縄文系日本系文化という2つの文化の要素をもつ。北からの文化の流入が何度にもわたり、13世紀頃から再度北方シベリア系の要素が強いアイヌ文化が成立した。

■琉球先住民は、もとは南方系漁労(貝文系)文化であり、後年本土から人々が渡ってきた。港川人は5万~1万年前の東南アジアやオーストラリアに広く分布していた集団から由来した可能性が高い。

■近年の遺伝子工学の発展により、古代人の核遺伝子解析が可能となった。その方法で3,000年前の縄文人骨(福島県三貫地貝塚から出土)を解析したところ、縄文人は東アジア人のなかで早期に分岐したことがわかった。現代日本人と比較すると、アイヌ人、琉球人、本土日本人の順に、関係が強いことがわかった。

■日本人は東南アジアにあった「スンダランド」からやってきた、との説も出されている。日本から、大陸へ渡ったとの説もある。たとえば「局部磨製石斧」は、ヨーロッパ・西アジアではせいぜい1万前からだが、日本では、4万年前近くのものが多数出土している。

■日本本土の多くの地域から、神津島産の黒曜石が出土している。3万5千年前のものもある。それらを運んだのは、4万年前頃に「スンダランド」を出て「海上の道」を北上してやってきた人々ではないか。

中国古代殷・周王朝において貝が貨幣として使用された。なかでもキイロタカラガイが多く、台湾、沖縄付近から海上ルートで持ち込まれたと考えられる。「貝の道」とでも呼ぶべきルートである。

中国史書「論衡(ろんこう)」に、”倭人が周王朝に暢草(薬草)を献じた”と記載されている。暢草は南方産と推測されるので、そのルートは「貝の道」と同じ可能性が高い。そうなると倭人とは、東アジア一帯で、交易を担った人々とも考えうる。


■日本最古の土器は、16500年前のものである。世界最古の土器は、中国の約2万年前とされており、古い土器は東アジアに集中している。西アジア、ヨーロッパは9000年前など西のものほど新しくなるので、土器は東アジアで発明され、西に伝播したと考えられる。同時に人の移動もあったと考えられる。

■石鏃、弓矢、漆も日本出土のものが世界最古である。
日本は、当時の世界の先端技術の集積、発信地であった可能性がある。


■近年、私たち人間の祖先が、ネアンデルタール人やデニソワ人と交雑していたことがわかった。一方、島根県出雲市の砂原遺跡の石器は、11~12万年前と推定されるが、製作者が原人なのか、ネアンデルタール人・デニソワ人なのか、人間の祖先なのかは不明である。今後の研究成果が待たれる。


概略は、以上です。科学の飛躍的な進歩により、多くのことがわかってきたとはいえ、まだまだわからないことばかりであることがわかります。

現在この地球上に暮らしている私たち人類は、約70億人と推定されています。多くの地域に分かれ、風習・文化も多種多様です。顔かたちや体格もずいぶんと違います。日々、世界中のどこかで争いごとも絶えませんね。

ただし、人類の進化という観点からみると、私たち人間は、もとは同じところから出ています。

現在、もっとも高い仮説として、現生人類「出アフリカ説」があげられています。この説によれば、わたしたちの祖先はもともとアフリカにいて、7~8万年前(あるいはもっと前)に東へ向かってアフリカを出て、そこから世界中に広がっていったわけです。出アフリカ時の現生人類の人口はたかがしれてますし、みな親戚みたいなものでした。現在この地球上で暮らしている人々は、その親戚の子孫ですから、私たち人間は、皆親戚の親戚みたいなものです。

かつて、「世界は一家」「人類は兄弟」というキャッチフレーズがありましたが、遺伝子的にみればその通りと言えます。

しばしば世間では、自分たちの出自を自慢する人々がいます。自分の血筋に誇りをもつというのも大切でしょうから、それはそれで結構ですが、その裏返しで他者に対する差別につながりかねません。遺伝子的にみれば、私たち人間はみな親戚みたいなものです。そうしたことを考えると、「出自というものに、どれだけの意味があるのだろうか?」と思ってしまうのは、私だけでしょうか?。お互いに尊重し合いながら、皆で仲良く暮らしていきたいものですね。

world_children.png

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DNA研究

「日本語の意外な歴史 第3話」が書き上がりましたので、ウェブ上に公開しました(https://drive.google.com/file/d/14xORT2m2KAjnzzjMdCZUPnCbFGATvxXS/view)。
お時間のある時に軽く見ていただければ幸いです。言語の系統問題だけでなく、人類の言語の形成という観点からも、いくらか興味深い要素を含んでいるかもしれません。

青松様の書籍の第3弾を拝見いたしました。本のサイズと文字のサイズを大きくして、図表を堂々と掲げるスタイルはいいですね。100~150ページぐらいの書籍でも十分に印象的にできるなと感じました。私も見習わせていただきたいと思います。

青松様の書籍では、現在の東アジアにはっきりと認められるY染色体DNAのC系統、D系統、N系統、O系統を主に扱っておられますが、日本語、朝鮮語、中国語などの歴史をずっと遡っていくと、遠い昔にQ系統およびR系統の人々が話していた言語のことも考えなければいけなくなってくるようです。

Q系統の特徴的な分布はよく知られていますが、Wikipediaに示されているR系統の分布もなかなか微妙ですね。かつて東アジアにいたようでもあり、いなかったようでもあり・・・。

「日本語の意外な歴史」では当面は遼河文明の言語と黄河文明の言語と長江文明の言語の接触を中心に扱っていくのであまり機会がありませんが、いずれQ系統とR系統についても本格的にお話しできればと思っています。遼河文明・黄河文明・長江文明の時代も面白いですが、その前の時代も面白そうです。

DNAの塩基配列が調べられるようになったことで、歴史研究ががぜん勢いづきましたね。

Re: DNA研究

金平さんへ

ありがとうございます。早速、拝読しました。

第三章になり少し理解が進んできた気がします。体の部分を表現する単語には、世界各言語において、こんなにも似たようなものが多いのですね。あらためて驚きました。

私は言語学に知見があまりないのですが、これが本当に共通した単語といっていいのかが、正直よくわかりません。単なる偶然の可能性もないのか、などとも考えてしまいます。たとえばアフリカの言語は、まったく異なる音なのでしょうか?。(素朴な疑問です)

後半の中国の古代言語との関係は、興味深いですね。また沖縄の発音が、実はもともとの日本人の発音に近い、という話も示唆に飛んでます。

今後の活躍に期待しております。

No title

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夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない方が多いですね。
気が向いたらご一読下さいませ。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。

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