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纏向遺跡は邪馬台国か?(4)~纏向遺跡の遺構・出土物・古墳

前回は、纏向遺跡の特徴をお話しました。今回は、実際の遺構・出土物をみていきたいと思います。
桜井市纏向学研究センターHPより、ポイントをまとめました。

まずは遺構です。

纏向遺跡遺構


大型建物群は、卑弥呼の館かと話題になりました。住居は炉跡がないなど、生活の臭いが感じられません。祭祀の場だったのでしょうか?

<大型建物遺構>
纏向遺跡大型建物遺構 

<大型建物復元模型>

纏向遺跡大型建物復元 

(奈良県HP「歩く・なら」より)

次に遺物をみましょう。

纏向遺跡遺物

弧文石、弧文板は、吉備由来です。ということは、纏向遺跡の人々の故郷は、吉備地方に関連した地域という可能性が高くなります。

<木製仮面>
纏向遺跡木製面 
(奈良県HP「歩く・なら」より)

銅鐸片が出土しました。ということはこの地域では銅鐸祭祀が行われていたでしょうか。しかしながら古事記・日本書記には銅鐸の記載が一切ありません。となると、先住民の銅鐸を破壊した残骸なのか、という見方もできますね。

<土器>
纏向遺跡土器 
(Wikipediaより)


最後に古墳です。
纏向遺跡古墳
 
<箸墓古墳>
箸墓古墳2
(Wikipediaより)

いかがでしょうか?。感想は人それぞれでしょうが、あれ?、という感を持たれた方も多いのではないでしょうか?。

なぜなら魏志倭人伝に描かれている生活感が感じられませんし、遺物も「矛」は一つも出土してません。も3世紀後半と、卑弥呼の時代より新しいものです。そもそも遺構や古墳も古くてもせいぜい3世紀前半であり、ではそれ以前はどうだったのか?、という疑問が浮かびます。

そのあたり、次回詳しくみていきます。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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弧文石、弧文板は、吉備由来

>弧文石、弧文板は、吉備由来です。ということは、纏向遺跡の人々の故郷は、吉備地方に関連した地域という可能性が高くなります。

〇纏向遺跡のルーツ
 弧文石、弧文板は、吉備由来、ということがポイントと思われます。
 今回の記事も、よく整理されており、たいへん参考になります。
 草々

Re: 弧文石、弧文板は、吉備由来

レインボーさんへ

>  弧文石、弧文板は、吉備由来、ということがポイントと思われます。

コメントありがとうございます。
だんだんと纏向遺跡が解き明かされつつあると思います。
さらに掘り下げて書いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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