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宗像三女神と沖ノ島祭祀の始まり(10)~イチキシマとタゴリが入れ替わった?


前回は、三女神の一人、タギツについてでした。謎の多い神ですが、どうやら元はセオリツだったものを、タギツに変わった(変えさせられた)のではないか?、という話でした。このあたりを深堀りしていきます。

まずは宗像大社、沖ノ島の神の変遷を整理します。

宗像大社の現在の祭神です。
・本殿(第一宮、イチキシマヒメ
・第二宮(沖津宮分社、タゴリヒメ)
・第三宮(中津宮分社、タギツヒメ)
つまり主祭神はイチキシマということです。

実はこれは古代からこのようなものだったわけではなく変遷してきた、というのです。論文を時代を追ってみます。

A.『宗像大菩薩御縁起』鎌倉時代末期成立
・タゴリ 息御島(沖ノ島)
・タギツ 大嶋
イチキシマ 田嶋(辺津島)
に鎮座。
 .田嶋の惣社
・第二者 湍津姫 居左間 本地釈迦如来
・第一者 田心姫 居中間 本地大日如来
・第三者 市杵嶋姫 居右間 本地薬師如来
とあり、食い違っている。

B.『正平二三年 宗像宮年中行事』(正平二三年は1368年)
・第一大神宮 田心姫一所 息御島 沖津島
・第二大神宮 湍津姫一所 中御島 中津島
・第三大神宮 市杵嶋姫一所    辺津島

沖ノ島の神が辺津宮の本殿の神(田心姫)と同一。
いずれの史料においても、田嶋の第一大神宮(惣社)における三神の配置は、現在の辺津宮における 配置とは異なっている。

C.『神道集成』(脱稿1670年)徳川(水戸)光圀の命で編纂 「神代歴代系図(日本紀)」の三女神の項
田心姫命に「筑前国宗像郡胸肩神社
・湍津姫命に「豊前国宇佐郡宇佐宮」
・市杵嶋姫命に「安芸国佐伯郡伊都伎嶋神社」
宗像神社の代表神がタゴリと考えられていたことが確認できる。
これと同様の記述が、坂内直頼の『本朝諸社一覧』(1645)や白井宗因の 『神社啓蒙』と『神社便覧』(1664-1674成立)にも現れる。

D.福岡藩の儒者による三風土記
辺津宮(田嶋神社)ではタゴリを第一神とし、タギツを 第二神、イチキシマを第三神
・沖津宮に関しては、中世文書の混乱を引き継いでいる。
『筑前国続風土記』
奥の島の神を田島の神職はイチキシマとするが、奥津島の社職がタゴリを 第一とすると紹介している。
『筑前国続風土記付録』
・社家の祭るところとして、前者の説を正としている。
『筑前国続風土記拾遺』は、この件に触れていない。

E.宗像神社が明治3年(1870)政府に提出した明細帳
辺津宮の祭神が『宗像大菩薩御縁起』の惣社と同じ配置(第一者 田心姫で記されていた。その後神祇関係者に『古事記』の信奉者が多かったためか、『古事記』の祭神配置と神名に影響されることが多く、混乱を来してきた(詳細は『宗像神社史』参照)。

昭和32年に至ってやっと現行の『日本書紀』に基づく神名に復帰したが、辺津宮本殿の祭神は中世以降の第一宮(惣社)と異なりイチキシマとなっている。『宗像神社史』は、これは中世の第一宮が現在の本殿とは異なり、沖津宮・中津宮・辺津宮の「惣社」であったからとしているが、それでは現在の第二宮(タゴリ)と第三宮(タギツ)の主神が中世の伝承と異なることは、説明できない。

以上のような祭神の混乱は、『日本書紀』神代紀第六段本文の三女神の序列を、同段第二の一書や 『古事記』の記述に「釣られ」て、祭神と三宮との対応と読んだことに原因があると思われる。それは すでに『宗像大菩薩御縁起』に始まっていた。
(以上論文)

【解説】
わかりにくいところなので解説すると、
・『日本書紀』神代紀第六段本文の三女神の序列

  田心姫、
  湍津姫
  市杵嶋姫
・同段第二の一書の三女神の序列
  市杵嶋姫命…遠瀛、
  田心姫命…中瀛、
  湍津姫命…海浜
・『古事記』の三女神の序列
  多紀理毘賣(奥津島比賣)…胸形奥津宮
  市寸島比賣(狭依毘賣)…胸形中津宮、
  多岐都比賣…胸形辺津宮
です。
日本書紀第二の一書と古事記では、沖津島、中津島、辺津島の順番になっていたので、日本書紀本文にある
・田心姫を沖津島に、
・湍津姫を中津島に
・市杵嶋姫を辺津島に

当てた、ということです。

以上、論文の概略です。たいへん詳しく調べられておりますが、その分ややこしくわかりにくいですね。
ようは沖ノ島と宗像大社の祭神は、変遷している、ということです。具体的には、

沖ノ島(沖津島)・・・イチキシマからタゴリ
宗像大社(辺津島)・・タゴリからイチキシマ

と変遷した、ということです。
そしてその理由を、日本書記、古事記の記載の読み間違えではないか、と推測してるわけです。

<宗像大社辺津宮>
宗像大社

(Wikipediaより)

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プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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