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宗像と宇佐の女神(6)~「比咩」は一番偉い神につく?

論文では、「比咩神」について、深堀していきます。

”それにしても古い女神の尊称に「比咩」の字が好んで当てられるのはなぜだろうか。宇佐神宮や香春の女神は、比売と書かれることも多いが、本来は比咩と書かれた。この2女神が、いずれも渡来系の人々が祭った神であることが注目される。
前報で紹介した大祓詞中のセオリツ以下の祓戸四神の他の二女神も、平安時代の『延喜式』には比咩と書かれていた。『延喜式神名帳』で社名から女神の名を全て拾い出すと、「比賣」が60例と圧倒的に優勢であるが、「比咩」も29例ある。しかし「姫」は10例しかなく、まだ十分普及していなかったらしい。あとは「比女」が7例、「日女」が4例、「日賣」と「火賣」が各1例となっている。その分布を見ると、畿内ではほとんどが比賣であり、比咩は全くない。比咩は、能登に12社、伊豆に10社と特定の地方に集中し、いずれも畿内から離れたところにある。比咩が畿内を中心に比賣(比売)に変えられたように見える。”

【解説】
まず「比咩」の表記からです。「咩」は羊の鳴き声の意味で、中国語で「咩咩」は、羊がメエーメエーと鳴くさまを表す擬声擬態語です(白水社 中国語辞典)。
論文では、もともとは「比咩」だったところが、比賣(比売)に変えられたのではないか、と述べてます。

”「比咩」は、現在も多くの神社に受け継がれている。『平成データ』によると、祭神名に「比咩」のある神社が全国で916社ある。県別に見ると、図2のように石川県に208社が集中し、次いで熊本県の101社と岐阜県の82社の順となっている。複数の比咩神を祭る神社が87社あり、比咩神の総数は1110柱である。表1は神社の系統別に見たもので、図2ではそれを県別に表示している。
八幡系の神社が全国で291社と最も多い。そのうち比咩の前に別の名の付かない単なる「比咩神」または「比咩大神」(以下単比咩と書く)を祭るのが258社で、宇佐神宮創始のころの組み合わせが各地に根強く残っている。

【解説】
全国で、祭神に「比咩」のある神社が916社あります。複数の「比咩神」を祭る神社があるので、それらをすべて加えると、1110社にものぼります。系統別にみると、やはり八幡系神社が291社で、32%にのぼります。次いで、白山系・阿蘇系・春日社と続き、以上4系統で82%を占めます。
それにしても、石川県、熊本県、岐阜県が多く、大分県が少ないのは意外です。
石川県、岐阜県が多い理由については触れられてませんが、日本海での伝播ではないでしょうか?。図3をみると、岐阜県は白山系神社、熊本県は阿蘇系神社が多いですね。


比咩神系統別神社数 
比咩神全国分布 

単比咩神全国分布


"このうち、かつての宇佐神宮のように、単比咩を祭る社が351社ある。
次ぎに多い白山系の289社は、白山比咩を祭る188社とククリ系比咩を祭る神社の合計で、両神が重複する例も1社ある(普通ククリは菊里と書かれるが、その他の表記もある)。
比咩神を祭る阿蘇系の神社は、全国95社のうち92社が熊本県にある。
次ぎに多いのが中臣の祖神天兒屋根命(あめのこやねのみこと)(以下コヤネ)を主神とする春日系の79社で、これは春日大社のある奈良県に19社と多い。

以上の比咩神の祭られ方から、中臣氏や渡来系氏族にとって、「比咩」は本来特定の神を指す固有名詞であったことが推測される。"

【解説】
論文では詳細な考察がされているのですが、詳細にわたりますので、概略のみ抜粋です。ようは”中臣氏や渡来系氏族にとって、「比咩」は本来特定の神を指す固有名詞であった。"のではないか、ということです。
さらに考察が続きます。抜粋します。


”二柱以上の女神が祭られる神社では、「比咩」は原則としてそのうち一神のみに附く。「比咩」を祭る916社のうち275社が複数の女神を祭るが、うち183社は比咩が一柱で他は比売・姫・媛などと書かれている。「比咩」が二柱以上祭られるのは、上記阿蘇系の神社のほか、セオリツなどの祓戸の三女神や宗像の三女神など同格の神が並ぶ場合にほぼ限られ、合祀によると思われる場合もごく少数ある。”

”ヒメ神の中で「比咩」神には特別の意味があるらしく、一社にはできるだけ一神だけにする傾向が強い。その「比咩」が附く女神のなかでは、八幡神・春日神に伴う単なる比咩(大)神が最も優先され、次いで白山神・セオリツが優先されている。

以上の傾向は、比咩神を祭る神社の中で、伝播の大元である八幡系神社の祭る単なる「比咩」の神名が、最も尊ばれたことを示す。春日系神社の祭る女神がやはり単比咩であることは、中臣氏が渡来人の圧倒的に多かった豊前出身の可能性が高いことを考えれば理解できる。八幡系神社の祭る「比咩」も、春日系神社の祭る「比咩」も、本来同じ神なのではないか。このことは、長野県の二柱神社と皇大神宮、岐阜県の六社神社などのように、主祭神に八幡神と春日神があって単比咩が一柱だけ祭られている場合があることからも分かる。

以上のことから、宇佐を起源とする比咩神にあやかって、他の尊敬すべき女神にも「比咩」が用いられるようになったのではないかと思われる。そしてそれらを祭るグループや地域を明らかにし大元の比咩神と区別するため、さまざまな修飾語を附けるようになったと解釈できよう。そのような「固有名詞+比咩」の神々の中で、白山神・祓戸神がより早く名付けられたため、八幡系および春日系神社の祭る単比咩に次いで序列が高かったと考えられる。いずれにせよ「比咩」が附く神名は、大元の宇佐の女神に対する崇敬の念に根ざしているように思われる。

【解説】
「比咩」神は、特別な神であり、それは宇佐を起源としているのではないか?、という推測です。その可能性はあるとしても、ではなぜ本家本元の大分県では、「比咩」神を祭る神社が少ないのか?、という疑問は残ります。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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