日本神話の源流(7)~神の殺害と農耕の起源 オオゲツヒメ神話とハイヌウェレ神話
さて次に、南洋の神話と顕著な類似を示す日本神話として、「殺された神の屍体から穀物が発生したしだい」を物語る話についてです。
まずは古事記からです。
前回の続きで、最後に生まれたのが、三貴神のアマテラス、ツキヨミ、スサノオです。アマテラスは天(高天原)を、ツキヨミは天、滄海原(あおのうなばら)または夜の食国(よるのおすくに)を、スサノオは夜の食国または海原を治めるように言われますが、スサノオはそれを断り、母神イザナミのいる根の国に行きたいと願い、イザナギの怒りをかって追放されてしまいます。
そこからです。
”高天原を追放されたスサノオは、空腹を覚えてオオゲツヒメ(大気都比売神)に食物を求め、オオゲツヒメはおもむろに様々な食物をスサノオに与えた。それを不審に思ったスサノオが食事の用意をするオオゲツヒメの様子を覗いてみると、オオゲツヒメは鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。スサノオは、そんな汚い物を食べさせていたのかと怒り、オオゲツヒメを斬り殺してしまった。すると、オオゲツヒメの頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。 これをカミムスビ(神産巣日御祖神)が五穀の種とした。”(Wikipediaより)
日本書記では、オオゲツヒメの代わりにワクムスビが登場して、同様の役割を果たしてます。
このような穀類起源神話の諸伝を総称して、「オオゲツヒメ神話」と呼ぶことにします。
このオオゲツヒメ神話と同型の食用食物起源神話の分布は、日本以外には、アメリカ大陸、南洋(インドネシア・ポリネシア)のみというようにかなり限定されている、と指摘してます。
ここでこの型の類話として有名な、インドネシアのセラム島のウェマーレ族の間に伝わる話を紹介しましょう。
”ココヤシの花から生まれたハイヌウェレという少女は、様々な宝物を大便として排出することができた。あるとき、踊りを舞いながらその宝物を村人に配ったところ、村人たちは気味悪がって彼女を生き埋めにして殺してしまった。ハイヌウェレの父親は、掘り出した死体を切り刻んであちこちに埋めた。すると、彼女の死体からは様々な種類の芋が発生し、人々の主食となった。”(Wikipediaより)
ドイツの民族学者アドルフ・イエンゼン(1899-1965年)によって記録されたもので、「ハイヌウェレ型神話」と呼びます。イエンゼンはこのタイプの神話を
”熱帯地方で芋類と果樹の類を栽培する、きわめて原始的な形態の農業を行う諸民族を行なう諸民族の文化と関連させながらくわしく分析した。そしてこの型の神話が、イエンゼンが「古栽培民」と呼んでいるこれらの民族に固有の世界観を反映しており、本来この「古栽培民文化」の中で生み出されたものである。”
と主張しました(同書P63)。
そしてこの神話とオオゲツヒメ神話等との関係について、
”日本のオオゲツヒメ神話にみられるように、穀物起源神話という形をとって、部分的にはより進んだ形態の農耕を行う文化にも伝搬している。南洋においても、稲作を行う民族のあいだで、しばしば稲の起源を説明する神話となって見出される。”(同書P63 )
、と指摘しています。
オオゲツヒメ神話などの穀物起源神話はあくまで進化した話である、というのです。つまり「芋栽培」「果樹栽培」が原初的な農耕であり、それがやがて「穀物栽培」に進化していった、それにともない神話も進化していった、ということです。
ここから神話も、南洋から北上して東アジアを経由し、日本列島に伝搬したのではないか、という仮説が生まれます。
そして注目は、イエンゼンのいう「古栽培民」のあいだに、明らかにハイヌウェレ型神話を表現したものとみられる血生臭い儀式が存在しているというのです。
その典型的な儀礼のひとつに、ニューギニア西南海岸に住むマリンド・アニム族の間で行われる「
マヨ祭儀」があります。
”この儀礼は、少年少女に対して施行される、成年式としての意味を持つ。”(同書P64)
”彼らの儀礼には、生贄の人間や家畜など動物を屠った後で肉の一部を皆で食べ、残りを畑に撒く習慣があり、これは神話と儀礼とを密接に結びつける例とされた。”(Wikipediaより)
これだけでは具体性がないので、実際の祭りの様子を次に記します。描写があまりにも血生臭いので、苦手な方は読み飛ばしていただいて結構です。
”ニューギニアの中央部に住んでいた、マリンド・アニム族の人々は、マヨという祭りの最中に、「マヨ娘」と呼ばれる若い娘を、男たちが全員で犯した上で、殺して肉を食べた。残りの骨は集められて、芽を出したばかりのココ椰子の若木の側に、一片ずつ分けて埋められた。また血は、椰子の幹に、赤く塗りつけられたという。”(「縄文宗教の謎」(吉田敦彦)より)
※「日本神話の源流」には、さらに詳細に描かれていてますが、あまりにも生々しく、ここに書くのもはばかれるほどです。興味のある方は、そちらをお読みください。
さてこの悲劇の少女について、”明らかにハイヌウェレ型神話の主人公たちの、儀礼における対応物であると認められる。いいかえれば、この血生臭い儀礼はまさしく、原初に起こった「ハイヌウェレ的存在」の殺害を、いま、ここで繰り返す意味を持つ。”(「日本神話の源流」P67)
と述べられてます。
ではなぜ、かように現代の私たちからみれば残酷な儀式を、彼らは行ったのでしょうか?
彼らが単に未開で野蛮だったからでしょうか?
そうではありません。
これを吉田氏は、
”成年式を受ける若者たちを、いったん神話に物語られるデマ神たちの時代に連れ戻したうえで、彼らに現行の文化と世界秩序が成立した過程を追体験させるものである。”(同書P67)
"原古の時に、人間が植物と区別のつかぬデマ神であることをやめ、栽培した植物を食べて生活する人間となったのは、デマ神たちによって行われたハイヌウェレ的存在の殺害の結果であった。それゆえ成年式のはじめに、いったんデマ神の状態に復帰させられた若者たちが、人間になる過程を完了するためには、彼らも殺害をなさねばならないのである。”
”「現行の文化が殺害によって成立したものであり、人間が殺害によってはじめて人間になった」というのが、イエンゼンによれば「古栽培民文化」の基幹をなす観念なのである。”(同書P70)
デマ神とは、人間が文明に目覚める前の獣のような存在だったときの神という意味でしょうか。
その獣のような存在から人間として農耕を始めるようになった、その過程を追体験しなくては、一人前の大人になれないということです。
何とも奇妙で自分勝手な論理のようにも聞こえますが、彼らはこのように考えているというのです。
これに続いて、
”このように理解したとき、首狩りや食人などという今の私たちからみると、野蛮で残虐な行為も理解できるのだ。”
と述べてます。
その理由について、
”彼らはこれらの行為を、世界の秩序が維持され人間が人間であり続けるために、欠かすことのできない宗教的儀式として行っているのである。”
と解説してます。
そして最後に、私たち現代人にとって、とても耳の痛いことを述べてます。
”世界秩序を維持し文化的価値を擁護するためと称して戦争をおこし、あらゆる残虐な手段による大量殺人を絶えず繰り返してきた「文明人」に、人間文化を存続するためにぜひとも必要な儀礼として、人身御供や首狩り、食人等を行う民族を、そのことだけをとりあげて野蛮人呼ばわるする資格がないことも明らかであろう。”(同書P71)
なんとも深い洞察に富んだ指摘ですが、皆さんはどのように考えるでしょうか?。
↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!
まずは古事記からです。
前回の続きで、最後に生まれたのが、三貴神のアマテラス、ツキヨミ、スサノオです。アマテラスは天(高天原)を、ツキヨミは天、滄海原(あおのうなばら)または夜の食国(よるのおすくに)を、スサノオは夜の食国または海原を治めるように言われますが、スサノオはそれを断り、母神イザナミのいる根の国に行きたいと願い、イザナギの怒りをかって追放されてしまいます。
そこからです。
”高天原を追放されたスサノオは、空腹を覚えてオオゲツヒメ(大気都比売神)に食物を求め、オオゲツヒメはおもむろに様々な食物をスサノオに与えた。それを不審に思ったスサノオが食事の用意をするオオゲツヒメの様子を覗いてみると、オオゲツヒメは鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。スサノオは、そんな汚い物を食べさせていたのかと怒り、オオゲツヒメを斬り殺してしまった。すると、オオゲツヒメの頭から蚕が生まれ、目から稲が生まれ、耳から粟が生まれ、鼻から小豆が生まれ、陰部から麦が生まれ、尻から大豆が生まれた。 これをカミムスビ(神産巣日御祖神)が五穀の種とした。”(Wikipediaより)
日本書記では、オオゲツヒメの代わりにワクムスビが登場して、同様の役割を果たしてます。
このような穀類起源神話の諸伝を総称して、「オオゲツヒメ神話」と呼ぶことにします。
このオオゲツヒメ神話と同型の食用食物起源神話の分布は、日本以外には、アメリカ大陸、南洋(インドネシア・ポリネシア)のみというようにかなり限定されている、と指摘してます。
ここでこの型の類話として有名な、インドネシアのセラム島のウェマーレ族の間に伝わる話を紹介しましょう。
”ココヤシの花から生まれたハイヌウェレという少女は、様々な宝物を大便として排出することができた。あるとき、踊りを舞いながらその宝物を村人に配ったところ、村人たちは気味悪がって彼女を生き埋めにして殺してしまった。ハイヌウェレの父親は、掘り出した死体を切り刻んであちこちに埋めた。すると、彼女の死体からは様々な種類の芋が発生し、人々の主食となった。”(Wikipediaより)

ドイツの民族学者アドルフ・イエンゼン(1899-1965年)によって記録されたもので、「ハイヌウェレ型神話」と呼びます。イエンゼンはこのタイプの神話を
”熱帯地方で芋類と果樹の類を栽培する、きわめて原始的な形態の農業を行う諸民族を行なう諸民族の文化と関連させながらくわしく分析した。そしてこの型の神話が、イエンゼンが「古栽培民」と呼んでいるこれらの民族に固有の世界観を反映しており、本来この「古栽培民文化」の中で生み出されたものである。”
と主張しました(同書P63)。
そしてこの神話とオオゲツヒメ神話等との関係について、
”日本のオオゲツヒメ神話にみられるように、穀物起源神話という形をとって、部分的にはより進んだ形態の農耕を行う文化にも伝搬している。南洋においても、稲作を行う民族のあいだで、しばしば稲の起源を説明する神話となって見出される。”(同書P63 )
、と指摘しています。
オオゲツヒメ神話などの穀物起源神話はあくまで進化した話である、というのです。つまり「芋栽培」「果樹栽培」が原初的な農耕であり、それがやがて「穀物栽培」に進化していった、それにともない神話も進化していった、ということです。
ここから神話も、南洋から北上して東アジアを経由し、日本列島に伝搬したのではないか、という仮説が生まれます。
そして注目は、イエンゼンのいう「古栽培民」のあいだに、明らかにハイヌウェレ型神話を表現したものとみられる血生臭い儀式が存在しているというのです。
その典型的な儀礼のひとつに、ニューギニア西南海岸に住むマリンド・アニム族の間で行われる「
マヨ祭儀」があります。
”この儀礼は、少年少女に対して施行される、成年式としての意味を持つ。”(同書P64)
”彼らの儀礼には、生贄の人間や家畜など動物を屠った後で肉の一部を皆で食べ、残りを畑に撒く習慣があり、これは神話と儀礼とを密接に結びつける例とされた。”(Wikipediaより)
これだけでは具体性がないので、実際の祭りの様子を次に記します。描写があまりにも血生臭いので、苦手な方は読み飛ばしていただいて結構です。
”ニューギニアの中央部に住んでいた、マリンド・アニム族の人々は、マヨという祭りの最中に、「マヨ娘」と呼ばれる若い娘を、男たちが全員で犯した上で、殺して肉を食べた。残りの骨は集められて、芽を出したばかりのココ椰子の若木の側に、一片ずつ分けて埋められた。また血は、椰子の幹に、赤く塗りつけられたという。”(「縄文宗教の謎」(吉田敦彦)より)
※「日本神話の源流」には、さらに詳細に描かれていてますが、あまりにも生々しく、ここに書くのもはばかれるほどです。興味のある方は、そちらをお読みください。
さてこの悲劇の少女について、”明らかにハイヌウェレ型神話の主人公たちの、儀礼における対応物であると認められる。いいかえれば、この血生臭い儀礼はまさしく、原初に起こった「ハイヌウェレ的存在」の殺害を、いま、ここで繰り返す意味を持つ。”(「日本神話の源流」P67)
と述べられてます。
ではなぜ、かように現代の私たちからみれば残酷な儀式を、彼らは行ったのでしょうか?
彼らが単に未開で野蛮だったからでしょうか?
そうではありません。
これを吉田氏は、
”成年式を受ける若者たちを、いったん神話に物語られるデマ神たちの時代に連れ戻したうえで、彼らに現行の文化と世界秩序が成立した過程を追体験させるものである。”(同書P67)
"原古の時に、人間が植物と区別のつかぬデマ神であることをやめ、栽培した植物を食べて生活する人間となったのは、デマ神たちによって行われたハイヌウェレ的存在の殺害の結果であった。それゆえ成年式のはじめに、いったんデマ神の状態に復帰させられた若者たちが、人間になる過程を完了するためには、彼らも殺害をなさねばならないのである。”
”「現行の文化が殺害によって成立したものであり、人間が殺害によってはじめて人間になった」というのが、イエンゼンによれば「古栽培民文化」の基幹をなす観念なのである。”(同書P70)
デマ神とは、人間が文明に目覚める前の獣のような存在だったときの神という意味でしょうか。
その獣のような存在から人間として農耕を始めるようになった、その過程を追体験しなくては、一人前の大人になれないということです。
何とも奇妙で自分勝手な論理のようにも聞こえますが、彼らはこのように考えているというのです。
これに続いて、
”このように理解したとき、首狩りや食人などという今の私たちからみると、野蛮で残虐な行為も理解できるのだ。”
と述べてます。
その理由について、
”彼らはこれらの行為を、世界の秩序が維持され人間が人間であり続けるために、欠かすことのできない宗教的儀式として行っているのである。”
と解説してます。
そして最後に、私たち現代人にとって、とても耳の痛いことを述べてます。
”世界秩序を維持し文化的価値を擁護するためと称して戦争をおこし、あらゆる残虐な手段による大量殺人を絶えず繰り返してきた「文明人」に、人間文化を存続するためにぜひとも必要な儀礼として、人身御供や首狩り、食人等を行う民族を、そのことだけをとりあげて野蛮人呼ばわるする資格がないことも明らかであろう。”(同書P71)
なんとも深い洞察に富んだ指摘ですが、皆さんはどのように考えるでしょうか?。
↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!
最後まで読んでくださり最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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