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日本神話の源流(19)~ナルト抒情詩

前回は、古代にユーラシア大陸のステップ地帯で活躍したイラン系遊牧民の神話をヘロドトスのスキュタイ神話をみました。もうひとつ、オセット人の間に口承されている「ナルト抒情詩」と呼ばれる英雄伝説があります。

"旧ソ連領に属する北カラカス(コーカサス)地方の中央部に居住するオセット人は、イラン系遊牧民の強力な一派であったアラン人の後裔であり、アラン語から変化したと思われる言語を話している。彼らのあいだに伝わるナルトと呼ばれる半神的英雄の種族を主人公とする抒情詩伝説は、いろいろの点からみて、アラン人が古代に所有していた神話が変化したものであることが確実と考えられる。”(同書P165)

吉田氏はこのように述べてます。一方近年の遺伝子学からは、別の指摘もされてます。

”オセット人は長らく、スキタイ、サルマタイ、アラン人などの古代の黒海北岸一帯で活動したイラン系民族の後裔だとされており実際にイラン系言語を話すが、分子生物学の見地からはスキタイ人の(少なくとも父系の)末裔ではないことが明らかになった。古代のスキタイの墓から出土する遺骨の遺伝子分析からスキタイ人の父系の末裔はスキタイと共通するハプロタイプR-M17を圧倒的な割合で持つスラヴ人であることが判明した一方、ハプロタイプG-L293が圧倒的なオセット人はスキタイの末裔ではあり得ない。しかしおそらく少なくともアラン人の末裔の可能性はまだ残されているだろうとは考えられている。”(Wikipediaより)

男系からみるとスキュタイ人の末裔とはいえないが、アラン人の末裔の可能性もある、ということです。

吉田氏は、
”抒情詩のなかに描かれているナルトの風習が、しばしばヘロドトスらによって記述されたスキュタイ人の風俗と、すこぶるよく一致している。”
として
・「ナルトの啓示者」と呼ばれる思議な酒盃
・しばしば英雄が殺した敵の頭皮を剥ぎ取り、これを材料にして女たちに外套を縫わせる。

を挙げてます。
こうした事例から、
”ナルト抒情詩が、古代のイラン遊牧民の伝承にさかのぼる要素を、現在まで相当忠実に保存している。”(P168)
と述べてます。

さらにもっとも有名なエクセルテッカテ家の起源を挙げてます。

あらすじは、以下のとおりです。
・ナルトの果樹園にあらゆる傷と病を癒す一本のりんごの木があったが、一日に一個しかならず、夜の間に盗まれてしまう。
・ウェルヘグの双児の息子、エクセルとエクセルテグが順番に見張りの役をつとめることになった。
・ある夜、エクセルテグが終夜番をしていると、三羽の美しい鳩が侵入してきた。
・エクセルテグが矢を放つと、一羽は命中したが、他の鳩とともに逃げ去ってしまった。
・兄を起こしてことの次第を話し、鳩の血を拾い集めた。
・エクセルテグが血の跡を追うと、海岸にたどりついたので、海底に降りることにした。
・エクセルテグは兄に、もし白い泡が海面に浮かべば自分は生きて帰るから、帰りをまってほしいと言って、海底に向かった。
・海底に降り立つと、海の支配者ドンベッチュルたちの光まばゆい館があった。
・輝くばかりの美しい姉妹がおり、姉妹から、夜ごとナルトの果樹園を荒らしにいっていたが、昨夜エクセルの矢で姉妹の一人であるゼラセが傷を受けたことを聞いた。
・ゼラセにもっていた血を吹きかけるとたちまち元気になり、エクセルテグはゼラセと結婚した。
・二人は兄のエクセルのもとへ戻ると、一軒の見慣れぬ小屋があり、そこに入った。
・エクセルテグが外へ出かけると、、エクセルが戻ってきた。
・ゼラセはエクセルをエクセルテグと勘違いしたが、エクセルはゼラセを弟が連れ帰った妻と察した。
・エクセルは眠っている間に、自分の身体がゼラセに触れないように、二人の間に剣を置いて寝たところ、ゼラセは怒り、部屋の片隅にうずくまった。
帰ってきたエクセルテグは、ゼラセが凌辱を受けたと早合点して、エクセルを刺殺した、
・ゼラセからことの次第を聞いたエクセルテグは、絶望のあまり自らの命を絶った。
・ゼラセはいったんは海底の父母のもとに戻った。
・ゼラセはエクセルテグの子供を身ごもっており、陸にあがり双児の兄弟ウリュズメグとヘミュツを産んだ。
ウリュズメグは、戦士の家エクセルテッカテ家の家父長となり、ナルト一族の統領としての役割を果たす。


この話について、吉田氏は、
”ホオリ(ヒコホホデミ)とトヨタマヒメの結婚を主題とする日本神話ときわめてよく似ている。”
と指摘してます。その理由として、以下を挙げてます。
(1)主人公が双児の兄弟ののほうであり、かつ弓の名手であった。
(2)主人公は逃した獲物の跡を追って海底に行き、そこで海の支配者の娘と結婚している。
(3)その後主人公は、ともにしばらくの間、きらびやかな海神の館に逗留して、新妻と幸せな日々を過ごす。
(4)ある日突然との約束を思い出して、陸上に帰る。
(5)兄とのあいだに争いを持つ。
(6)主人公の妻は、彼の胤によって懐妊した子を出産するために、わざわざ陸に上がる。
(7)生まれた子は、日本では皇室の、オセット伝説では首長的役割を果たす英雄の家系の始祖となる。

いろいろな登場人物が出てきて、人間関係がわかりにくくなっていると思われるので、系図で整理します。なお系図には、今回の登場人物だけでなく、今後の話と関連するものも入れてあります。

ナルト抒情詩系図
海幸彦系図

ホオリとトヨタマヒメの話(すなわち海幸彦・山幸彦が登場する釣針型神話)では、釣り針をなくした弟に対して兄が責め立てて意地悪をしたり、海底から戻った弟が最後に兄を屈服させるとなっているとおり、兄弟の仲は良好ではなく、また二人ともこの時点では死んでいないなど、細かいところは異なります。
しかしながら概ねのストーリーとしては、似ているとはいえます。

さらに吉田氏は
”特に注意に値すると思われるのは、
(1)両神話とも、王朝起源伝説である。
(2)天神と水の神の娘の結婚によって王家の始祖が誕生するというモチーフにおいて、天から三種の神宝を保有していた古代スキュタイの王家起源伝説とも符合している。”

”このことを、オセット伝説がスキタイ人と同系統のアラン人の古伝承にさかのぼる話素を多く保存することが確実である、という事実とも照らし合わせて考えれば、次のような推測が成り立つ。
(1)オセット伝説の内容は、イラン系遊牧民が古く所有していた王家の起源伝説の構造を、そうとう正確に保存している。
(2)日本のホオリ(ヒコホホデミ)とトヨタマヒメを主人公とする話は、このイラン系遊牧民の神話が、アルタイ系民族に受容され、朝鮮半島を経由して持ち込まれた。
(3)日本で、釣針捜索のモチーフや、海と山の対立によって洪水が起こるという観想などを含んでいた南方起源の説話と結合し、その結果、われわれが「古事記」や「日本書紀」で読むような形をとるようになった。”(同書P175)

つまり日本神話は、中央アジアステップ地帯のイラン系遊牧民の神話が、中国、朝鮮半島経由で伝わり、南方から伝わった神話と融合して形成されたというわけです。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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