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日本神話の源流(32)~海幸彦・山幸彦神話とゴンドワナ神話

前回は、古い神話群である「ゴンドワナ型神話」の特徴についてでした。

通説では、日本神話は大部分が新しい神話群である「ローラシア型神話」であるとされてますが、「ゴンドワナ型神話」も見出せるのでしょうか?。 

もっとも有名な神話である「釣針喪失譚」を題材に、考えていきましょう。

「釣針喪失譚」いわゆる「失われた釣針」神話は、日本でいえば、海幸彦・山幸彦神話ですが、前にお話したとおり、世界の多くの地域に残ってます。
インドネシア、メラネシア、ミクロネシア、ハワイなどにまで及んでいますが、吉田敦彦氏、大林太良氏らは、中国長江流域が発祥と推定してます。
私は、東南アジアにかつてあったスンダランドではないか、と推測していることもお話しました。
詳細は
日本神話の源流(15) ~ 本当に中国江南地方が期限か?
を参照ください。

同書では、ここで注目すべき指摘をしてます。
狩猟民や山間部では、釣針をなくす話ではなく、弓矢や槍のような飛び道具をなくす話に変換されている、というのです。これを後藤氏は、「山=狩猟」バージョンと呼んでます(同書P202)

たとえば
北海道アイヌ →縄
インドネシアのスラウェシ島トラジャ族→ 銛
・アメリカ先住民であるカナダ太平洋岸北西インディアンの海獣狩猟民ヌートカ族→ 銛
となってます。

後藤氏は、もうひとつ興味深い指摘をしてます。

それは「釣針喪失の譚」の意義についてです。すなわち「なぜ釣針喪失譚が、世界の広い地域にあるのか」、その意味についてです。

釣りや狩りが食料を得るための手段であり、生きていくうえでもっとも重要な生活の一部であったから、ということは想像がつきますが、そこからさらに踏み込んでます。

それは、”「釣り」は一種の「博打」や「占い」であったから”、というのです(同書P205)。
たしかに釣りや狩りは、腕前もさることながら、相手が自然ですから、偶然に大きく左右されます。釣りや狩りがうまくいったということは、運勢がいいと考える、あるいは考えたい、という気持ちはよく理解できますね。

また、釣針とは、「異界」とコンタクトする手段である、ともいってます。 浦島太郎も釣りに行って乙姫と会うので、この一種であるとしてます。

さらに、英雄譚の一形式である、ともいってます。そして、”英雄譚は、イニシエーション儀式を物語化したもの”(同書P206)とも述べてます。
イニシエーションとは、
特定の集団に成員として加入する際に行われる儀礼。それによって社会的・宗教的地位の変更が達成されるが、しばしば肉体的・精神的試練を伴い、その内容は外部に漏らしてはならないとされることが多い。若者組のような年齢集団への加入や成人式もその一例。加入儀礼。参入儀礼。”(大辞林第三版)

さてこの話はさておき、後藤氏は、アイヌを含めた狩猟採集民の間に伝わっていることから、「山=狩猟」型の方が古い形である、としてます。 
そこでは、主人公が得るのは嫁であり、社会的不平等は見いだせない、とも述べてます。

一方「海=釣針」型はすべて農耕漁労社会で語られているので、階層社会の成立が推測される、と述べてます。

以上から、「釣針喪失譚」の成り立ちについて、次のように推測してます。
「山=狩猟」型の古層型式からこの思想を受け継いで発達させたのが、オーストネシア社会や古代日本の釣針喪失譚ではなかろうか。
年長性原理の矛盾、兄弟や親子の葛藤が物語の基調にある。兄、父、叔父のような年長者から道具を借りてそれをなくしてしまい、責められて、なくしたものを探しにいくのは、いつも年長者。
彼は見事になくした道具を探し終え、帰還してからはしばしば、己を責めた年長者を屈服させる。

古層型式「山=狩猟型)では、冒険の結果として得るものが嫁である一方、新層型式(釣針喪失譚)では、英雄はしばしば政治的な権力を得る。
年少者が積極的に外部社会の探索を行い、新しい社会秩序を確立するというオーストロネシア社会の根幹的なイデオロギーが表現されている。”(同書P207)

さて次に伝播経緯についてす。

アフリカまで広がる類話を、ユーリ・ベリョーツキンは「見えない釣針」型説話と呼んで、次のように推測してます。なお、( )番号が、下図凡例の( )番号に同じです。
(1)アメリカ大陸、とくに北西海岸とアマゾン低地に分布
(2)失われた物が戻る、すなわち人が物を借り失うが、所有者がそれを返すように主張。物をなくした人は他界からそれを取り戻す。中央アフリカから西アフリカの海岸岸に見つかる。
(3)両型式の合体型が海幸・山幸をはじめ、インドネシアやニューギニアに広がる。(同書P213)


後藤氏はもうひとつ、「水面の美男子」型について、注目してます。

「水面の美男子」とは、男と女の出会いの場面において、女が水面に映った男の顔をみる、という話です。
メラネシア、ビスマルク諸島 パプアニューギニアに分布してます。

さらに、異界を訪れたときにその入口の木陰や木の上で休む、あるいは隠れていると、異界の娘が水くみに来たので見つかる”、という話が、ギリシア神話ペルポセネの冥界下り 朝鮮半島の地下の悪魔退治など世界中に広範囲に見い出せる、としてます。(同書P209-211)

海幸彦・山幸彦神話でも、海幸彦が豊玉姫と出会う場面で、井戸で水を汲もうとして、水面に海幸彦の姿が映った、という話が日本書紀にあります。

これらを総合的に勘案して、後藤氏は次のように推測してます。

1.ゴンドワナ型神話の要素である借りた道具、とくに狩猟具を失う話東南アジアに移動してきて古層型「山=狩猟」型を産み出す。
2.日本列島からシベリアそしてアメリカ大陸まで広がる。Y染色体C型などの北上(残存がアイヌ民族) 
3.インドネシアのマルク諸島方面で新層型(「海=釣針」型)が生み出され、パプアニューギニア方面で生まれた「水面の美男子」型のモチーフが取り込まれる
4.3の物語が北上して、日本列島にもたらされた(おそらく隼人族の祖先)。そして記紀神話の神武天皇誕生、隼人族の大和朝廷への服属の物語となった。
釣針喪失譚伝搬ルート  
これはこれでいいのですが、3つほど問題提起したいと思います。
1.新層「海=釣針」型が、インドネシアのマルク諸島で生まれた、としてるが、スンダランドで生まれた可能性があるのではないか。
⇒紀元前14000年ころまで、インドシナ半島~インドネシアにかけての海上には、スンダランドがありました。その後海底に没してしまいましたが、豊かな文明が栄えたとされてます。ここで新層「海=釣針」型の神話が生まれ、それがマルク諸島へ伝わった可能性があります。

2.
隼人族の祖先により日本列島にもたらされたとしているが、隼人族の実態はよくわかっていない。
  ⇒隼人族は、古代の九州南部にいた人々とされますが、その実態は諸説あります。オーストロネシア系でありY染色体のO1aとする説、O2a2とする説などありますが、よくわかっていません。したがって、安易に隼人族と結びつけるのは、早計です。

3.「水面の美男子」について、ギリシア神話のベルポセネの冥界下りとの関係はどう説明するか。
⇒パプア・ニューギニアで生まれたとしている「水面の美男子」ですが、そうなるとギリシア神話のベルポセネの冥界下りは、どのように生まれたのか、という疑問が生まれます。もし「水面の美男子」がパプア・ニューギニアで生まれたのなら、それがギリシアまで伝搬した、という壮大な話になってきます。
はたしてそのようなことが起こりえたのか、はよくわかりません。ただし上の図によると、釣針喪失譚はイギリスにもあります。それを東アジアから伝搬したと想定して、矢印を書きましたが、その流れのなかでギリシアに伝搬した可能性も出てきます。


↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!




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No title

  海幸彦・山幸彦神話の解釈についてコメントします。

海幸彦(兄)ー海人族(安曇、隼人族)ー早くから日本に居た人々
                            -壹国
山幸彦(弟)ー農耕民(大山咋神など山を重視する人々)ー徐福と
                   伴に来た人々ー邪馬

 邪馬壹国時代二つの勢力は、兄弟として一緒に統治していたが、
仲たがいをした時(隼人の反乱)に、兄が弟に敗れたためそれを正当化するのに、海幸彦・山幸彦の物語が作られたと思われます。この様な解釈はどうでしょうか?
 また、隼人族の祖先については、本拠地は鹿児島で昔から鹿児島の人たちは国歌になる前から君が代を歌っていたということもあり、安曇族である福岡の志賀島と古代関係があったと考えられるのではないでしょうか。(鹿島の児→志賀島の児) 

Re: No title

ひきがえるさんへ
コメントありがとうございます。

> 海幸彦(兄)ー海人族(安曇、隼人族)ー早くから日本に居た人々-壹国
> 山幸彦(弟)ー農耕民(大山咋神など山を重視する人々)ー徐福と伴に来た人々ー邪馬

>  邪馬壹国時代二つの勢力は、兄弟として一緒に統治していたが、
> 仲たがいをした時(隼人の反乱)に、兄が弟に敗れたためそれを正当化するのに、海幸彦・山幸彦の物語が作られたと思われます。この様な解釈はどうでしょうか?

ユニークな説ですね。説の是非はさておいて、ここには重要な論点があると考えてます。
古事記・日本書紀には、邪馬台国が具体的に出てきません。
では天皇家につながる系統と、邪馬台国の卑弥呼の系統の関係は、どのようになっているのかです。
海幸彦・山幸彦で分岐したという考えもあるでしょう。またニニギノミコトと火明命で分岐したという考えもあるでしょう。いやもっとさかのぼるという考えもあります。このあたりは、いずれ取り上げます。

>  また、隼人族の祖先については、本拠地は鹿児島で昔から鹿児島の人たちは国歌になる前から君が代を歌っていたということもあり、安曇族である福岡の志賀島と古代関係があったと考えられるのではないでしょうか。(鹿島の児→志賀島の児) 

隼人族も謎ですね。もともと鹿児島にいた人々というのが通説ですが、北部九州方面から逃れてきた人々という説もあります。これもいずれ取り上げます。

No title

返信を頂きありがとうございます。
卑弥呼や天皇家につながる系統について考えましたのでコメントします。

卑弥呼の系統(女性中心・海幸彦)
 金印の委奴國 → 邪馬壹国の壹(い)国連合 → 倭の五王(5世紀・大宰府) → 久留米(6世紀・磐井) → 肥後(7世紀・阿毎多利思比孤) → 鹿児島(8世紀・隼人反乱)

天皇家につながる系統(男性中心・山幸彦)
 金印の委奴國 → 邪馬壹国の邪馬国連合 → 豊国 → 関西

 ニニギノミコトについては、ニギハヤヒノミコトとニギが同じで、ニギ族と考えられ、このニギは漢字で表わすと「日木」ではないかと思います。ニニギノミコトは日日木または新日木命で、日木族で新しい人を表しているのではないでしょうか。また。ニギハヤヒノミコトは日木早人命とも考えられ、日木族で早くから日本にいる人の意と思います。これらの事から、神武東征時に同族の日木族に権力を移譲できたのではないでしょうか。
日木を朝鮮半島風の読み方をすると、イルモとも読め出雲(いずも)にもつながります。

No title

すみません途中で切れてしまいました、ひきがえるの続きです。

 倭の五王の時、邪馬国(日木)連合と臺(タイ)国連合は分かれたが、兄弟統治を行なっていたと思われます。邪馬国連合は長い間虐げられていたのかもしれません。九州から関西に政治の中心が移った時、天皇家につながる系統に権力が移ったのではないでしょうか?

Re: No title

>ニニギノミコトについては、ニギハヤヒノミコトとニギが同じで、ニギ族と考えられ、このニギは漢字で表わすと「日木」ではないかと思います。

「ニギ=日木」というのは面白い発想ですが、論拠がないと、単なる語呂合わせになってしまいます。

Re: No title

>倭の五王の時、邪馬国(日木)連合と臺(タイ)国連合は分かれたが、兄弟統治を行なっていたと思われます。邪馬国連合は長い間虐げられていたのかもしれません。九州から関西に政治の中心が移った時、天皇家につながる系統に権力が移ったのではないでしょうか?

邪馬国連合と臺国連合があったかはわかりませんが、兄弟統治という概念があった可能性はあると思います。九州から畿内に権力が移った経緯については、これまでのブログや著書で書いたとおりです。

No title

ひきがえるです、返信を頂き大変ありがとうございます。
 「日木」については、一つ二つでは只のごろ合わせにしかならないので、ニギ・ニキ・ヒキ・ビキ等の言葉を集めました。
○伊都国の官「爾支」(ニキ)
○後漢に朝貢した帥升の「帥」は訓読みすれば、ヒキだと思います。
○ヒキを倒語で読めばキヒでキイと読むことができ紀伊になります。
○ビキを倒語で読めばキビで吉備になります。
○日木を朝鮮半島風の読み方をすればイル・モ(出雲)と読めます。
○日木に一をプラスすれば日本になり、ヒキ(イ)チと読めば日吉となります。
○日木から日下をマイナスすると、ひらがなの(く)の字の逆さまが残ります。日下をくさかと読む理由になるのではと思います。
○日と木を重ねると東になります。
ただの言葉遊びかもしれませんが、たくさん集めれば何か分かるかも知れませんので、まだ探し続けようと思います。

 邪馬国連合・臺国連合と言う言葉で良いかは私も分かりませんが、兄と弟・海(川)と山・日と月に象徴される二つの勢力があったと思います。それが明治時代の「明」と言う字にまでつながるかも知れませんので、いろいろ探しています。
 すみません、本は5冊持っていますがまだ読んでいなかったようです、確認しておきます。
プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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