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古事記・日本書紀のなかの史実 (14)~「亦の名」が示すこと

 前回は、イザナギ・イザナミが生んだ8つのクニ「大八州(おおやしま)」がどこか、についてでした。

さらに古事記では、大八嶋國(大八州)と六嶋について「亦の名」という名前を挙げてます。

古事記亦の名

亦の名クニ位置
以下考察です。

1.亦の名は、たとえば愛比賣(えひめ)・飯依比古(いいよりひこ)など人名が多いことが特徴であり、古い時代の国名ではないか、と考えられます。

2.伊豫之筑紫嶋と伊予の二名嶋のみ、4つの亦の名があります。
これは前回お話したように、古事記(あるいはその元となる史書)の編者は、日本書紀の大八州を「八つの島」と解釈したために、四国島・九州島に、それぞれの島にあった古い国名を当てたのではないか、と推測されます。

3.肥國には建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひぬわけ)という、長たらしい亦の名がついてます。
これも難解で、通説でもすっきりした解釈がされてません。
古田氏は、豊を豊国、久士比を「クシニ」「奇し火」(有明海の有名な不知火)、泥別を「ネワケ」(分国)と解釈して、
「建日別(熊襲國)に向かう(途中に当たる)不知火の燃える、豊国の分国」
としてます。
そしてその起点を、北に位置する天比登都柱(あめのひとつばしら、壱岐島)ではないか、と推測してます。
そして"「天比登都柱」とは、尋常ならざる名前だ”と述べてます(同書P368)。たしかに、「天(海人)族」の「天」、一つの「比登都」、神を意味する「柱」から構成されてるわけで、なるほどといったところです。

4.「天」のつくクニが、大八嶋で4つ、六嶋で3つあります。古田氏はこれを、「天(海人)族」の古い時代の支配領域ではないか、と推測してます。その範囲は、大八嶋では、隠岐の島、壱岐、津島となります。これは図をみれば明らかなように、北部九州~出雲の日本海にある島々です。
なお、天御虚空豊秋津根別(大倭豐秋津嶋)については、他の一連の名前とは別格の荘重さが備わっていることから、あとから挿入された「新名」ではないか、としてます。六嶋については、後述します。

5.「天」のつくクニが「天族」の古い支配領域であるなら、それ以外は、その当時支配領域でなかったことになります。具体的には、淡路島・四国・九州島・佐渡・吉備児島・小豆島などです。たしかにこれらの領域は、北部九州~出雲の日本海にある島々の領域からは外れてることがわかります。

以上いかがでしたでしょうか?

このように解釈すれば、通説ではきれいに説明できない事柄が、すっきり整理できますね。

↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!




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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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