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古事記・日本書紀のなかの史実 (27)~神生み⑫ 黄泉比良坂(よもつひらさか)

呪的遁走(マジック・フライト)の最終場面です。

”最後にイザナミ本人が追いかけてきたので、イザナギは千人がかりでなければと動かないような大岩で黄泉比良坂(よもつひらさか)をふさぎ、悪霊が出ないようにした。その岩をはさんで対面してこの夫婦は別れることとなる。

このときイザナミは、「私はこれから毎日、一日に千人ずつ殺そう」と言い、これに対しイザナギは、「それなら私は人間が決して滅びないよう、一日に千五百人生ませよう」と言った。これは人間の生死の由来を表している。

このときから、イザナミを黄泉津大神(ヨモツオホカミ)、また坂道を追いついたから道敷大神(チシキノオホカミ)とも呼び、黄泉比良坂をふさいだ大岩を道返之大神(チカヘシノオホカミ)・黄泉戸大神(ヨミノトノオホカミ)ともいう。なお、古事記では、黄泉比良坂は出雲国の伊賦夜坂(いふやのさか;現在の島根県松江市の旧東出雲町地区)としている。”(Wikipedia「神生み」より)

最後にはイザナミが追いかけてきますが、イザナギは大きな岩で黄泉比良坂をふさぎます。古代の人々は、磐石が悪霊邪鬼を防ぎ払う呪力を有していると信じていました(「古事記 祝詞」(校注者 倉野憲司)P67より)

黄泉比良坂とは、
生者の住む現世と死者の住む他界(黄泉)との境目にあるとされる坂、または境界場所。
生者と死者の住む領域に境界場所があるとする神話は、三途の川などとも共通する思想であり、世界各地に見当たる。
このほか、オオクニヌシの根の国訪問の話にも登場する。根堅洲国(根の国)のスサノオからさまざな試練をかけられたオオアナムチ(のちのオオクニヌシ)が愛するスセリビメと黄泉比良坂まで逃げ切るというもの。
島根県松江市東出雲町は、黄泉比良坂があった場所として、1940年に「神蹟黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」の石碑を同町揖屋に建立した。同地には、千引の岩とされる巨石も置いてある。近くには、イザナミを祀る揖夜神社もある。”

図示しました。参考までに、イザナミが埋葬されたとされる比婆山も記載してます。

生者の住む現世と死者の住む他界(黄泉)との境というので、もっと深山幽谷の場所にあるのかと思っていたのですが、意外と人里に近いところにありますね。

当時の人々にとっては、そこから先は行ってはならないという場所だったのでしょう。


黄泉比良坂位置

黄泉比坂

さてイザナミは、
「私はこれから毎日、一日に千人ずつ殺そう」
と言うのに対してイザナギは、
「それなら私は人間が決して滅びないよう、一日に千五百人生ませよう」
と言いました。

愛する妻のおぞましい姿を見て逃げていくイザナギに対して、イザナミが捨て台詞をはき、それに対してイザナギが返す刀で言い返してます。ここらあたりは、現代人の感覚からすると漫画チックで、ユーモラスにすら思えます。

とはいえこれはたいへんまじめな描写であり、一般的には、人の生死の起源を説明したものとされてます。生死の起源とはどういうことかというと、太古の昔から私たちの祖先は、
「人はどうして死ぬのだろう」
とか
「どうして生まれてくるのだろう」
という疑問をもっていたはずです。

それに対して答えたものが、この神話だということです。

これで当時の人々が納得していたのかはわかりませんが、少なくとも、人が生まれたり死んだりするのは、単なる自然現象ではなく、神様の思し召しによるものだ、と考えていたことがわかります。

実はこの際の表現が、とても面白いです。原文では、
イザナミは
「一日に千頭(ちがしら)絞(くび)り殺さむ」
と言ったと記載されてます。

「千人の人間の首を絞めて殺そう」ということですが、なんとも過激な表現ですね。

これに対してイザナギは
「千五百(ちいほ)の産屋(うぶや)立てむ」
と言ったと記載されてます。

ここでいう産屋とは、産婦を隔離するために別に立てられた小屋のことす。産屋の話は、これからコノハナサクヤヒメやトヨタマヒメが出産する場面でも出てきます。
当時は、そのような風習があったことがわかります。

ともあれこれで無事、イザナギは黄泉の国から脱出します。まさに呪的遁走(マジック・フライト)にふさわしい最後ですね。

↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!




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テーマ : 歴史
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プロフィール

青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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