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古事記・日本書紀のなかの史実 (42)~淡海の多賀とは?

さて、スサノオはイザナギによって追放されますが、そのイザナギについて次のように記されています。

” 其の伊邪那岐大神は、淡海の多賀に坐すなり。”

これは一般的には、「近江の多賀神社に鎮座されている」の意とされています。

多賀大社

多賀大社
”滋賀県犬上郡多賀町多賀にある神社。
和銅5年(712年)編纂の『古事記』の写本のうち真福寺本には「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也。」「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)との記述があり、これが当社の記録だとする説がある。ただし『日本書紀』には「構幽宮於淡路之洲」、すなわち「幽宮(かくれみや)を淡路の洲(くに)に構(つく)りて」とあり、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島の地に幽宮(かくりみや、終焉の御住居)を構えたとあり、『古事記』真福寺本の「淡海」は「淡路」の誤写である可能性が高い。

多賀大社の祭神は南北朝時代の頃までは伊弉諾尊ではなかったことが判明しており『古事記』の記述と多賀大社を結びつけることはできない。『古事記』では「近江」は「近淡海」とするのが常で、同じ『古事記』でも真福寺本以外の多くの写本が「故其伊耶那岐大神者坐淡路之多賀也。」になっており、その他の諸々の理由からも、学界でも「淡海」でなく「淡路」を支持する説が有力である(武田祐吉、直木孝二郎等)。なお、『日本書紀』では一貫して「淡路」と記され、「近江」に該当する名はない。 ”(Wikipedia「多賀大社」より)

以上のとおり、近江ではなく、淡路つまり淡路島とする説が有力視されています。

淡路島にある該当する神社は「伊弉諾(イザナギ)神宮」です。 

兵庫県淡路市多賀にある神社。
祭神は次の2柱。
・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
両神は日本神話の国産み・神産みに登場する。『幽宮御記』に祭神は「伊弉諾尊一柱也」とあるため、本来は伊弉諾尊のみを祀ったと考えられる。

『日本書紀』・『古事記』には、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が、最初に生んだ淡路島多賀の地の幽宮(かくりのみや、終焉の御住居)に鎮まったとあり、当社の起源とされる。”(Wikipedia「伊弉諾神宮」)


このように、たしかに”淡路の多賀”にあてはまっています。

伊弉諾神宮

しかしながら、他にも候補となりうる神社はあります。
福岡県直方(のおがた)市にある「多賀神社」です。

”祭神は
・伊邪那岐大神
・伊邪那美大神
この神社の創建年代等については不詳であるが、平安時代にはあったという。”(Wikipedia「多賀神社(直方市)」)

”古くは日ノ少宮・日若宮と称之、奈良朝時代には妙見大明神多賀大神と称えたこともあります。”
(「福岡の神様HP」 
http://kamisamahotokesama.com/archives/introduce/tagajinja/ より) 

実際、日本書紀第六段本文には、

"幽宮(かくれみや)を淡路の地に造って、静かに永く隠れられた。また別にいう。イザナギはお仕事をもう終られ、徳も大きかった。そこで天に帰られてご報告され、日の少宮(わかみや)に留まりお住まいになったと。"
とあり、「日の少宮」(わかみや)という言葉が出てきます。

また多賀神社には、古くから伝わった日若謡(ひわかうた)が次第に大衆化した日若踊りあります。

”直方日若踊(新町)
【由来等】
 1678(延宝6)年直方藩士、大塚次郎左衛門が江戸からの帰途、大阪で舞を習い、直方に持ち帰り、日若宮(今の多賀神社)に昔から伝承されていた「日若舞」と融合させたものが、次郎左踊り又は思案橋踊りとなった。更に1857(安政4)年、大阪「あやめ座」の役者中村吉太郎(一調)が、直方の宮芝居に来て長唄「二上り浦島」の替歌を台唄とし、日若舞の形を採り入れながら、新町の若衆に振り付けたのが、本手踊りである。日若踊は、この2様の踊りを具えた歌舞として確立され、今日に至っている。”
(福岡民族芸能ライブラリー http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/detail.asp?id=5-12 より)

多賀神社は、遠賀川式土器で有名な遠賀川の中流域にあります。遠賀川は、弥生時代までは現在の陸地奥深くまで入江を形成しており、「古遠賀湾」と呼ばれてます。古遠賀湾沿岸には、多くの貝塚などの縄文遺跡や弥生時代の遺跡が分布しており、古来より人々が生活を営んでいたことがわかっています。

なお古事記の「淡海」は、”淡水の海、湖”とされていますが、「淡い海」という表現からは、むしろ淡水と海水が入り混じる入り江のような場所を示しているようにも受け取れます。
そうなると、古遠賀湾はその条件を満たしていることになりますね。

多賀神社
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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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