古事記・日本書紀のなかの史実 (44) ~ 誓約(日本書紀)
アマテラスから問いただされたスサノオは、次のように弁明します。
”「私には邪き心はない。ただイザナギが、なぜ私が泣いているのかを問いただしたので、『私は母イザナミの国に行こうと思ってないているのだ。』と答えたのです。
イザナギはそれを聞いて、
「お前はこの国にいてはいけない。」
と言って、私を追放したのです。
そこで、事情を告げ申そうと思って、やってきたのです。二心(謀反の心)などありません。”
そこでアマテラスは
「そうであるならあなたの心の清く正しいことは、どうすればわかるのですか?」
と問います。
それに対してスサノオは、
「誓約(ウケヒ)をして、子を生みましょう。」
と答えます。
ここで有名な「誓約」が出てきます。突然出てきた「誓約」の言葉ですが、当時、物事を判断するのに使われたやり方なのでしょう。
”誓約(ウケヒ)とは、吉兆凶悪を判断する場合に、必ずかくあるべしと心に期して或る行為をするのである。卜占としての性質がいちじるしい。”(「古事記 祝詞」(校注者 倉野憲司他) P75より)
誓約とは、このような意味ですが、古事記・日本書紀ではやり方に大きな違いがあるうえ、たいへん複雑でわかりにくいです。
日本書紀から入ったほうが、わかりやすいので、まずはそこからからみてきます。
日本書紀第六段本文の要約です。
”アマテラスから、
「おまえの赤い心を何で証明するのか。」
と問われたスサノオは、
「どうか姉上と共に誓約しましょう。誓約の中に、必ず子を生むことをいれましょう。もし私の生んだのが女だったら、汚い心があると思ってください。もし男だったら清い心であるとしてください。」
と答えた。
アマテラスは、スサノオの十握劒(とつかのつるぎ)を借りて三つに折って、天真名井(あめのまない)で振りすしいで、噛んで吹き出した。その息の霧から生まれた神が以下の宗像三女神である。
・田心姫(たこりひめ)
・湍津姫(たぎつひめ)
・市杵嶋姫(いちきしまひめ)
スサノオは、アマテラスの頭髪と腕に巻いていた八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつみすまる)を乞われて、天眞名井で振りすすぎ、噛んで吹き出した。その息の霧から生まれた神が以下の五柱の男神である。
・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)
・天穂日命(あめのほひのみこと)
・天津彦根命(あまつひこねのみこと)
・活津彦根命(いくつひこねのみこと)
・熊野櫲樟日命(くまのくすひのみこと)
アマテラスは、
「その元を尋ねれば、八坂瓊之五百箇御統は私の物である。だからこの五柱の男神は全部私の子である。」
そこで引き取って養われた。またいわれるのに、
「その十握劒は、スサノオのものである。だからこの三柱の神はことごとくお前の子である。」
といって、スサノオに授けられた。”(「日本書紀」(宇治谷孟訳)参照)
たいへん複雑ですね。図示しましょう。

こうした複雑性について、数百年以上にわたり多くの研究者が論じてますが、どれもこれといった決め手はありません。
そのなかでとても興味深い論文があるので、紹介します。
「宗像三女神と沖ノ島祭祀の始まり(上)ー宗像神信仰の研究(3)ー」(矢田浩)からです。
論文では、以下のように述べてます。
”(「日本書紀」神代記の)第六段は、 主人公の神の一柱天照大神(以下アマテラス)が皇室の祖神で あるばかりではなく、三女神と共に生まれる五男神のうち一柱正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)(以下オシホミミ)が天皇家の直接の祖先となっている点で、いわゆる「記紀神話」の中でもきわめて重要な意味を持つ。
この段は、その悪行により天上界を追放されることになった素戔鳴尊(すさのおのみこと)(以下スサノオ)が、姉のアマテラスに会いに行くことで始まる。そしてスサノオの赤心を疑うアマテラスに対し、
①スサノオによる「ウケイ」の提案と清心の条件提示
→②両者の「物根(ものざね)」の交換
→③アマテラスによる三女神の化成とスサノオによる五男神の化生
→④三女神と五男神の交換という複雑な過程をたどる。”
アマテラスは三貴子のなかの一神にすぎません。にもかかわらず皇室の祖先になっているのは、誓約の結果生まれた五男神三女神のなかの一神であるオシホミミが、天皇家の直接の祖先だからでしょう。
オシホホミの子(すなわちアマテラスの孫)がニニギで、天孫降臨します。その三世孫が初代天皇である神武天皇という関係です。
また誓約においてさまざまな提案と条件提示を行い、勝ち負けを決めていきますが、その過程もたいへん複雑です。
たとえばスサノオは、男の子を生んでますが、なぜか元となった八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつみすまる、勾玉のこと)がアマテラスの物だったからという理由で、男の子はアマテラスの子とされました。
逆にアマテラスは女の子を生んでますが、元となった十握劒(とつかのつるぎ)がスサノオの物だったのだからという理由で、女の子はスサノオの子とされました。
勝敗については書かれてませんが、はじめの条件通り、スサノオが男の子を生んだのでスサノオの勝ちですが、ずい分とわかりにくいですね。
なぜここまで複雑にする必要があるのか、よくわかりません。
こうしたことから、矢田氏が”たいへん奇妙な物語”と表現しているものと推察されます。
”神代紀第六段には本文の他に三つの一書が併記されていて、それぞれ本文とは多少の異同がある。その違いを、表1に示す。神代紀にはそのほかに第七段の第三の一書に「ウケイ」が記述されている。”
とても興味深いことですが、日本書紀は本文に加えて一書という表現で、本文とは若干異なるストーリーをいくつも記載してます。一書とはおそらく各地方や家に伝わる伝承を指していると考えられます。それらを整理したのが、下の表1です。

ひとつ不思議なのは、アマテラスの生んだ子は、女の子であることです。皇統につながる男の子(オシホオミ)を生んだのは、スサノオです。
これでは「アマテラスからの皇統」という万世一系が、成り立たなくなってしまいます。このあたりがよくわからないところです。
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”「私には邪き心はない。ただイザナギが、なぜ私が泣いているのかを問いただしたので、『私は母イザナミの国に行こうと思ってないているのだ。』と答えたのです。
イザナギはそれを聞いて、
「お前はこの国にいてはいけない。」
と言って、私を追放したのです。
そこで、事情を告げ申そうと思って、やってきたのです。二心(謀反の心)などありません。”
そこでアマテラスは
「そうであるならあなたの心の清く正しいことは、どうすればわかるのですか?」
と問います。
それに対してスサノオは、
「誓約(ウケヒ)をして、子を生みましょう。」
と答えます。
ここで有名な「誓約」が出てきます。突然出てきた「誓約」の言葉ですが、当時、物事を判断するのに使われたやり方なのでしょう。
”誓約(ウケヒ)とは、吉兆凶悪を判断する場合に、必ずかくあるべしと心に期して或る行為をするのである。卜占としての性質がいちじるしい。”(「古事記 祝詞」(校注者 倉野憲司他) P75より)
誓約とは、このような意味ですが、古事記・日本書紀ではやり方に大きな違いがあるうえ、たいへん複雑でわかりにくいです。
日本書紀から入ったほうが、わかりやすいので、まずはそこからからみてきます。
日本書紀第六段本文の要約です。
”アマテラスから、
「おまえの赤い心を何で証明するのか。」
と問われたスサノオは、
「どうか姉上と共に誓約しましょう。誓約の中に、必ず子を生むことをいれましょう。もし私の生んだのが女だったら、汚い心があると思ってください。もし男だったら清い心であるとしてください。」
と答えた。
アマテラスは、スサノオの十握劒(とつかのつるぎ)を借りて三つに折って、天真名井(あめのまない)で振りすしいで、噛んで吹き出した。その息の霧から生まれた神が以下の宗像三女神である。
・田心姫(たこりひめ)
・湍津姫(たぎつひめ)
・市杵嶋姫(いちきしまひめ)
スサノオは、アマテラスの頭髪と腕に巻いていた八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつみすまる)を乞われて、天眞名井で振りすすぎ、噛んで吹き出した。その息の霧から生まれた神が以下の五柱の男神である。
・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)
・天穂日命(あめのほひのみこと)
・天津彦根命(あまつひこねのみこと)
・活津彦根命(いくつひこねのみこと)
・熊野櫲樟日命(くまのくすひのみこと)
アマテラスは、
「その元を尋ねれば、八坂瓊之五百箇御統は私の物である。だからこの五柱の男神は全部私の子である。」
そこで引き取って養われた。またいわれるのに、
「その十握劒は、スサノオのものである。だからこの三柱の神はことごとくお前の子である。」
といって、スサノオに授けられた。”(「日本書紀」(宇治谷孟訳)参照)
たいへん複雑ですね。図示しましょう。

こうした複雑性について、数百年以上にわたり多くの研究者が論じてますが、どれもこれといった決め手はありません。
そのなかでとても興味深い論文があるので、紹介します。
「宗像三女神と沖ノ島祭祀の始まり(上)ー宗像神信仰の研究(3)ー」(矢田浩)からです。
論文では、以下のように述べてます。
”(「日本書紀」神代記の)第六段は、 主人公の神の一柱天照大神(以下アマテラス)が皇室の祖神で あるばかりではなく、三女神と共に生まれる五男神のうち一柱正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)(以下オシホミミ)が天皇家の直接の祖先となっている点で、いわゆる「記紀神話」の中でもきわめて重要な意味を持つ。
この段は、その悪行により天上界を追放されることになった素戔鳴尊(すさのおのみこと)(以下スサノオ)が、姉のアマテラスに会いに行くことで始まる。そしてスサノオの赤心を疑うアマテラスに対し、
①スサノオによる「ウケイ」の提案と清心の条件提示
→②両者の「物根(ものざね)」の交換
→③アマテラスによる三女神の化成とスサノオによる五男神の化生
→④三女神と五男神の交換という複雑な過程をたどる。”
アマテラスは三貴子のなかの一神にすぎません。にもかかわらず皇室の祖先になっているのは、誓約の結果生まれた五男神三女神のなかの一神であるオシホミミが、天皇家の直接の祖先だからでしょう。
オシホホミの子(すなわちアマテラスの孫)がニニギで、天孫降臨します。その三世孫が初代天皇である神武天皇という関係です。
また誓約においてさまざまな提案と条件提示を行い、勝ち負けを決めていきますが、その過程もたいへん複雑です。
たとえばスサノオは、男の子を生んでますが、なぜか元となった八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつみすまる、勾玉のこと)がアマテラスの物だったからという理由で、男の子はアマテラスの子とされました。
逆にアマテラスは女の子を生んでますが、元となった十握劒(とつかのつるぎ)がスサノオの物だったのだからという理由で、女の子はスサノオの子とされました。
勝敗については書かれてませんが、はじめの条件通り、スサノオが男の子を生んだのでスサノオの勝ちですが、ずい分とわかりにくいですね。
なぜここまで複雑にする必要があるのか、よくわかりません。
こうしたことから、矢田氏が”たいへん奇妙な物語”と表現しているものと推察されます。
”神代紀第六段には本文の他に三つの一書が併記されていて、それぞれ本文とは多少の異同がある。その違いを、表1に示す。神代紀にはそのほかに第七段の第三の一書に「ウケイ」が記述されている。”
とても興味深いことですが、日本書紀は本文に加えて一書という表現で、本文とは若干異なるストーリーをいくつも記載してます。一書とはおそらく各地方や家に伝わる伝承を指していると考えられます。それらを整理したのが、下の表1です。

ひとつ不思議なのは、アマテラスの生んだ子は、女の子であることです。皇統につながる男の子(オシホオミ)を生んだのは、スサノオです。
これでは「アマテラスからの皇統」という万世一系が、成り立たなくなってしまいます。このあたりがよくわからないところです。
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