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古事記・日本書紀のなかの史実 (100) ~青谷上寺地遺跡が語ること

 「古代出雲王朝」の実在について、さらにみていきましょう。

1998年から発掘されている鳥取県鳥取市青谷町の「青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡」で調査報告があり、古代史界に衝撃を与えました。

”青谷上寺地遺跡は、鳥取県鳥取市青谷町にある弥生時代前期の終わり頃(約2400年前)から古墳時代前期(約1,700年前)にかけて営まれた集落遺跡です。

 山陰自動車道の建設に伴って見されました。そして、弥生時代の人々が活動の拠点とした微高地からは、掘立柱の建物跡、火を焚いた跡、貝塚などが見つかり、玉作りや木器製作など、様々なものづくりに関係する鉄製や石製の道具や、中国大陸や朝鮮半島で製作された銅製品が出土しています。また、周辺に作られた溝の中からは、容器や農具など、多量の木製品、漁労に使用された骨角製品、人骨など、膨大な遺物が出土しました。

 注目されるのは、木製品、骨角製品、金属製品などが、どれもすばらしい状態で地中に埋もれていたことです。当時の造形や加工の痕跡、色彩を具体的に知ることができる超一級の文化財であり、主要な出土品1,353点が、令和2年に国の重要文化財に指定されました。(鳥取県HP「青谷上寺地遺跡」より)

国内では北部九州・北陸・中国南部・四国・近畿地方との交流があったことがわかってます。
隣の鳥取県でかような広域の交流があったということは、出雲も同様の、あるいはそれ以上の交流があったと考えていいでしょう。


青谷上寺地遺跡交流


さらに注目される点は、弥生人のDNAが数多く分析されたことです。そのうちミトコンドリア遺伝子すなわち女系の遺伝子の大半は、中国大陸・朝鮮半島由来、しかも北方から南方まで広範にわたることが判明しました。中国大陸・朝鮮半島との広範にわたる交流が、文化的のみならず人的にもあったことが確認されました。

一方、
男系の遺伝子は縄文系が多数を占め(4体のうち3体が縄文系)、女系遺伝子の結果とまったく異なります。これをもって、中国大陸・朝鮮半島からやってきた女性が、青谷上寺地遺跡に住んでいた縄文系の男性と結婚したようにもとれますが、話はそう単純ではありません。

男系・女系双方を併せた核ゲノムの解析結果では、青谷上寺地遺跡遺跡の人々は、弥生系渡来人の範疇におさまり、またそれは現代日本人とほぼ同じです。(「
鳥取県鳥取市青谷上寺地遺跡出土弥生後期人骨のDNA分析」(篠田謙一・神澤秀明他)より)

驚くべきことに、韓国釜山郊外の
獐項(ヤンハン)遺跡の6000年前の2体も同様です。これは‘朝鮮半島の集団の基層にも、縄文人につながる人たちの遺伝子があることを意味しています。”ちなみに現代韓国人は、東アジア大陸の人々により近い位置です。

これについて、
”縄文人が韓国にまで分布していたと考えるよりは、初期拡散で大陸沿岸を北上したグループの遺伝子が朝鮮半島にも残っていたと考えるほうが理解しやすい。”(とっとり弥生の王国 2021Autumn「続・倭人の真実」「何が見えてきたのか」(篠田謙一・神澤秀明他)より)としています。

このあたりの解釈は難しいところですが、いずれにしても、大陸・朝鮮半島と交流があったことは事実です。ということはそれを担う人々がいたはずです。いわば「縄文海人族」とでもいう人々です。そのあたり篠田氏は別書で次のように述べています。

”当時は国境があるわけではありませんし、北部九州の縄文人は朝鮮半島南部の集団と交流を持っていたことが考古学的遺物の研究からも明らかになっています。朝鮮半島南部の新石器時代の遺跡からは、縄文人そのものといってよいほどの遺伝的類似性を持った人骨も発見されています。むしろ縄文時代相当期の朝鮮半島南部の集団と北部九州の縄文人集団を区別すること自体にあまり意味はないかもしれません。”(「人類の起源」(篠田謙一)P215より)

さてそうなると、
彼ら縄文海人族が大年(オオトシ)神の子神である韓神を信仰していた可能性はあります。だからこそ古事記に韓神と記載されたのかもしれません。

ところで古事記では、高天原から追放されたスサノオは、出雲に降り立ちます。一方、
日本書記の一書第四では、その途中、新羅に立ち寄ったとされています。

高天原を追放されたスサノオは、”その子イソタケルをひきいて、新羅の国に降られて、曾尸茂梨(ソシモリ、ソホル即ち都の意か)のところにおいでになった。そこで不服の言葉をいわれて、「この地には私はいたくないのだ」と。ついで土で舟を造り、それに乗って東の方に渡り、出雲の国の簸の川の上流にある、鳥上の山についた。”(「日本書紀」(宇治谷孟)より)

こうした神話も、北部九州・出雲・朝鮮半島との間に交流があったことを示しており、考古学的・科学的成果と一致してますね。


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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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