日本語系統論(4)~言語類型地理論 b.形容詞のタイプ
さて、最大語族であるインド・ヨーロッパ語族はじめ、主要な語族の祖語は言語史からみればさほど古いものではない、という話をしました。ではなぜその時代に、主要な語族が広まったのでしょうか?
”これまで研究が比較的行き届いているインド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、オーストロネシア語族、シナ・チベット語族などユーラシアの主要な語族について見ると、それらの推定された祖語の年代は、大体今から5~6千年前あたりのところに落ち着くようである。・・
人類史の中で、このような大規模な語族を生み出し得る社会的・経済的諸条件の出現した時期とほぼ一致している。
つまり、現代型人類の出現以降、その歴史の大部分を占めてきた長い氷河期が終わり、今から1万年余り前に始まった完新世と呼ばれる温暖な後氷期に入ってから、農耕、牧畜、金属器の使用などによって特徴づけられるいわゆる新石器革命が、アフリカやユーラシアの各地で本格的に普及し始めたのが大体この時期である。
人類史上に画期的なこの技術革新は、これらの地域に急速な人口増加をもたらし、これによって一部の集団の急激な膨張とそれに伴う居住地の移動や拡散が行われた。”(「世界言語のなかの日本語」(松本克己)P88-81より)
つまり、農耕・牧畜・金属器の使用などが始まり、そうした文明をもった人々が勢力をもち、世界各地に拡散していったというのです。彼らが話していた言語が、インド・ヨーロッパ語など現代の主要な言語でした。それにつれ、それまで各地域で話されていた言語は、次第に取り込まれ、消滅し、あるいは追いやられていった、というわけです。
それまで話されていた言語は、今なお「残存地域」に残っています。日本語も、そのひとつです。
では主要な語族の言語と「残存地域」で話されている言語では、言語的にどのような違いがあるのでしょうか?
前々回に、世界の言語は、流音タイプすなわち「L」音と「R」音の違いがあるかどうかで、大きく二つに分けられるという話をしました。そうした特徴は他にもいくつかあり、それらの分布を調べることで、日本語の系統もみえてくる、というのが「言語類型地理論」です。
その特徴として、
a.流音のタイプ
b.形容詞のタイプ
c.名詞の数と類別
d.動詞の人称表示
e.名詞の格表示
f.一人称複数の包含・除外の区別
g.形態法上の手段としての重複
が挙げられます。
前々回にaの「流音タイプ」を取り上げましたので、今回はbの「形容詞のタイプ」をみていきます。
b.形容詞のタイプ
「形容詞の品詞的位置づけ」で、二つに分けられます。
・b-1.形容詞体言型
・形容詞を品詞的に名詞の下位類かあるいはそれに近い語類として位置づけるタイプ(インド・ヨーロッパ諸言語他)
・「付加語」「添え言葉」(ラテン文法の形容詞adjectivum)
・直接述語になれないという点で、動詞よりはるかに名詞に近い(英語)。
・b-2.形容詞用言型
・形容詞を動詞の下位類かあるいはそれに近い語類として位置づけるタイプ(日本やその周辺諸言語他)
・用言のひとつで陳述の力を有する。
・日本語の形容詞は、動詞と同じく「終止」「連体」「連用」というような活用形を有し、そのまま述語として用いられる。
少し難しい表現になってますが、日本語と英語を例に、わかりやすく解説しましょう。
形容詞として「美しい」を例にとります。
日本語は、
美しく、美しい、美しけれ
など変化します。
一方、英語のbeautifulには、そのような変化形はありませんね。
以上の特徴から、「日本語は動詞に近く、英語は名詞に近い」ことがわかります。
また日本語で
・この花は美しい
は英語では
・This flower is beautiful
です。
日本語では「美しい」が述語になってますが、英語では述語は「is」です。英語では、形容詞は述語になりえないのです。
このように、b-1の形容詞タイプとb-2の形容詞用言型には、大きな違いがあることがわかります。
そしてこのb-1タイプとb-2タイプが話されている地域の分布がまた特徴的です。
b-2の形容詞用言型は、環太平洋地域に広く分布しています。また、アフリカ大陸の南半分の地域にも分布しています。単式流音タイプと形容詞用言型の分布がほぼ重なっていることがわかります。

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”これまで研究が比較的行き届いているインド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、オーストロネシア語族、シナ・チベット語族などユーラシアの主要な語族について見ると、それらの推定された祖語の年代は、大体今から5~6千年前あたりのところに落ち着くようである。・・
人類史の中で、このような大規模な語族を生み出し得る社会的・経済的諸条件の出現した時期とほぼ一致している。
つまり、現代型人類の出現以降、その歴史の大部分を占めてきた長い氷河期が終わり、今から1万年余り前に始まった完新世と呼ばれる温暖な後氷期に入ってから、農耕、牧畜、金属器の使用などによって特徴づけられるいわゆる新石器革命が、アフリカやユーラシアの各地で本格的に普及し始めたのが大体この時期である。
人類史上に画期的なこの技術革新は、これらの地域に急速な人口増加をもたらし、これによって一部の集団の急激な膨張とそれに伴う居住地の移動や拡散が行われた。”(「世界言語のなかの日本語」(松本克己)P88-81より)
つまり、農耕・牧畜・金属器の使用などが始まり、そうした文明をもった人々が勢力をもち、世界各地に拡散していったというのです。彼らが話していた言語が、インド・ヨーロッパ語など現代の主要な言語でした。それにつれ、それまで各地域で話されていた言語は、次第に取り込まれ、消滅し、あるいは追いやられていった、というわけです。
それまで話されていた言語は、今なお「残存地域」に残っています。日本語も、そのひとつです。
では主要な語族の言語と「残存地域」で話されている言語では、言語的にどのような違いがあるのでしょうか?
前々回に、世界の言語は、流音タイプすなわち「L」音と「R」音の違いがあるかどうかで、大きく二つに分けられるという話をしました。そうした特徴は他にもいくつかあり、それらの分布を調べることで、日本語の系統もみえてくる、というのが「言語類型地理論」です。
その特徴として、
a.流音のタイプ
b.形容詞のタイプ
c.名詞の数と類別
d.動詞の人称表示
e.名詞の格表示
f.一人称複数の包含・除外の区別
g.形態法上の手段としての重複
が挙げられます。
前々回にaの「流音タイプ」を取り上げましたので、今回はbの「形容詞のタイプ」をみていきます。
b.形容詞のタイプ
「形容詞の品詞的位置づけ」で、二つに分けられます。
・b-1.形容詞体言型
・形容詞を品詞的に名詞の下位類かあるいはそれに近い語類として位置づけるタイプ(インド・ヨーロッパ諸言語他)
・「付加語」「添え言葉」(ラテン文法の形容詞adjectivum)
・直接述語になれないという点で、動詞よりはるかに名詞に近い(英語)。
・b-2.形容詞用言型
・形容詞を動詞の下位類かあるいはそれに近い語類として位置づけるタイプ(日本やその周辺諸言語他)
・用言のひとつで陳述の力を有する。
・日本語の形容詞は、動詞と同じく「終止」「連体」「連用」というような活用形を有し、そのまま述語として用いられる。
少し難しい表現になってますが、日本語と英語を例に、わかりやすく解説しましょう。
形容詞として「美しい」を例にとります。
日本語は、
美しく、美しい、美しけれ
など変化します。
一方、英語のbeautifulには、そのような変化形はありませんね。
以上の特徴から、「日本語は動詞に近く、英語は名詞に近い」ことがわかります。
また日本語で
・この花は美しい
は英語では
・This flower is beautiful
です。
日本語では「美しい」が述語になってますが、英語では述語は「is」です。英語では、形容詞は述語になりえないのです。
このように、b-1の形容詞タイプとb-2の形容詞用言型には、大きな違いがあることがわかります。
そしてこのb-1タイプとb-2タイプが話されている地域の分布がまた特徴的です。
b-2の形容詞用言型は、環太平洋地域に広く分布しています。また、アフリカ大陸の南半分の地域にも分布しています。単式流音タイプと形容詞用言型の分布がほぼ重なっていることがわかります。

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