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日本語系統論(9)~名詞の格標示

 
前回は、動詞の人称標示でしたが、今回は名詞の格標示です。
たいへんややこしく難解なのですが、松本氏の著書にしたがって、解説します。

”名詞の格標示のかなめとされるのは、他動詞のいわゆる主語と目的語の標示に関わるもので、例えば日本語では「太郎が手紙を書く」という文で見るように「が」と「を」という格助詞がそのような機能を担っている。”

ここで格標示という聞きなれない単語が出てきました。ここでは、
”格標示を厳密に「名詞の側での接辞や設置詞などによる明示的な表現」に限るとする。”
と定義します。

これでもよくわかりませんね・・
続けます。

大きくわけて、対格型、能格型、中立型の3つに分けられます。

◆対格型
日本語のように、自動詞の主語と他動詞の動作主を同じ格(=主格)で表し、一方他動詞の目的語を特別の格(=対格)で標示するタイプ
<日本語の例>
主格  対格  動詞
母が  ー   来る(自動詞)
母が  娘を  愛する(他動詞)

われわれ日本人にとっては、ごく当たり前の使い方ですね。

◆能格型 
自動詞の主語と他動詞の目的語を同じ格(=絶対格)で、他動詞の動作主を別の格(=能格)で標示するタイプ
<バスク語の例>
能格 絶対格   動詞 
     娘が   来る
ー    alaba   dator(自動詞)
母が   娘を  愛する
ama-k  alaba     maite-du(他動詞)

この例でいうと、自動詞の主語(娘が)と他動詞の目的語(娘を)が同じ格(絶対格)(alaba)です。
一方、他動詞の動作主(母が)が、別の格(能格)になります。
なんともわかりにくいですね。

◆中立型
名詞の側で他動詞の主語と目的語を形態的に首尾一貫して区別しないタイプ。このような格を無標格と呼ぶことにする。
<アイヌ語の例>
無標格  無標格  動詞
母       娘    見た
hapo         matnepo  nukar


”アイヌ語では他動詞の主語と目的語がいずれも3人称(単数)の場合、両者を形態的(つまり明示的)に区別することができない。”
つまり、「母が娘を見た」とも「母を娘が見た」とも解釈できる、というのです。

日常で混乱を招きそうですが、おそらくアイヌの方々は状況において使い分けているので、混乱しないのでしょう。

英語ではこれを語順という簡便な方法で区別します。
<英語の例>
主語   動詞  目的語
The dog   chases  the cat. 

 
犬が猫を追う。
The cat    chases   the dog. 
 猫が犬を追う。


これはおなじみでわかりやすいですね。
ここでアイヌ語型を中立型A、英語型を中立型Bと呼ぶことにします。
松本氏は言及していませんが、
中立型Aのほうが、中立型Bより古いと推測されます。なぜなら中立型Aのほうが表現があいまいで原初的であり、中立型Bはその進化形のような印象だからです。

さて以上の分布です。
動詞の人称タイプと類似しますが、完全に重なるわけではありません。

■アフリカ北部からユーラシア内陸部
格標示のタイプと人称標示のタイプがほぼ完全に重なり合っている。
・単項型の人称標示と対格型の格標示
  大規模語族と結びついた連続した広域分布
・多項型の人称標示と能格型の格標示
  多くは孤立した小言語群と結びついて地理的に分断された分布

■ユーラシアの太平洋沿岸部
中立型B
  中国から東南アジアに及ぶその中心部に大きな分布。
  無標示型とほぼ重なっている。
対格型
  きわめて異例で、環日本海諸語の日本語と朝鮮語、一部のポリネシア諸言語のみ

■アメリカ大陸
中立型A
  多項型人称標示と結びついている。

ここで興味深いことがあります。これまでも日本語は古い系統の言語であり、これに対して英語などインド・ヨーロッパ語族は、新しい言語だという話でした。このため日本語と英語とは、大きく異なる特徴をもっています。

ところが名詞の格標示においては、日本語は対格語であり、インド・ヨーロッパ語族と同じです。これはどうしたことでしょうか?

これについて、
”日本語と朝鮮語との間でその用法に関しても著しい類似を示すこの格標示は、環日本海域における人称無標示型の出現と結びついた独自の発達と見ることももちろん可能であるが、しかしまた、
言語接触ー環日本海域にまで波及した”アルタイ化現象”の一局面という可能性も考えられるかもしれない。”(以上同書P138-145より)

と述べています。

ようはもともとは対格語でなかったが、アルタイ語が浸透することにより、対格語に変わっていった、ということです。

では日本語のもともとは、どのタイプだったのでしょうか?

松本氏は触れていませんが、アイヌ語・ギリヤーク語が中立型Aなので、おそらくは中立型Aではなかったと推測されます。

名詞の格標示

名詞の格標示

そしてさらに興味深いのは、中立型Aの分布です。図には標示されていませんが、表からわかるとおり、アフリカ南部のコイサン語・ケット語・北西カフカス・チベットビルマも中立型Aです。
ケット・北西カフカスは孤立言語でしたね。そしてさきほど、中立型Aは古い形態という推測をしました。

これまで紹介した、a.流音のタイプ、b.形容詞のタイプ、d.動詞の人称標示でも、環日本海諸語とアフリカの南半分は共通してました。

となると、こうした言語的特徴は、アフリカにいた人類の祖先が10万年以上前からもっていたもので、出アフリカに伴ってアフリカ外にもたらされたのではないか、という仮説が生まれます。

実はコイサン語族は、ホモサピエンスのなかで、もっとも古い系統に属すると推測されています(「人類の起源」(篠田謙一)P90より)。アフリカのなかでも、新しい部族の言語は周囲から影響を受け変質したが、コイサン族の言語は影響を受けることなく残ったとも考えられます。となると、この仮説が補強できますね。

もしかしてわたしたちが日常話している日本語は、世界のなかでももっとも古い言語的特徴をもったものかもしれない、と思うと、なんだかわくわくしませんか?

↓ 新著です。よろしくお願い申し上げます!!




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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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