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日本語系統論(10)~一人称複数の包含・除外の区別

今回は、1人称複数の「除外形」と「包含形」の区別です。
ここで、
「除外形」とは、聞き手を除外して、話者と(話者と関係する)第3者からなる複数を指す。
「包含形」とは、その中に聞き手を含む複数を指す。
と解説されますが、わかりにくいですね。

たとえば日本語では、「私ども」「手前ども」は、聞き手を含まず、一方、日本人同士の間で、「我々日本人は」というようなときの「我々」は日本人を含んでいます。ただし、現在の標準的な日本語では、人称カテゴリーとして確立されていません。「私たち」には、聞き手を含む場合もあり、含まない場合もあります。

こうした区別のカテゴリーとしての確立は、環日本海諸語のうち、アイヌ語とギリヤーク語にはありますが、日本語と朝鮮語には欠けており、動詞の人称標示と同じです。 ただし琉球諸方言の多くは、区別があります。

以下、こうした区別のカテゴリーの有無の分布です。

・太平洋沿岸部の南方圏
 中国語 北京方言を除いて区別みられない。
 それ以外の語族・言語群では、区別みられる。ミャオ・ヤオ、タイ・ガダイ、オーストロネシア、オーストロアジア、チベット・ビルマ諸言語

”最も注目されることは、それぞれの語族のなかで、話者が多くしかも文化的・社会的ないし歴史的に多少とも有力な言語が、区別を欠いているということ。”と指摘しています。

・ユーラシア内陸部
西側を占める言語群が徹底してこの区別を欠いている
 セム語族、インド・ヨーロッパ語族、ウラル語族、アルタイ諸語のなかのチュルク語族
 系統的孤立言語 シュメール語、バスク語、ケット語、ブルシャスキー語

”包含・除外の区別は、言語的ヨーロッパにとって全く未知・無縁な現象であった。”

欠如圏から離脱する言語(区別圏)は、ドラヴィダ語、モンゴル語、ツングース語、カフカス諸語。この欠如圏は、シベリアを伝わって東方へ延び、北米大陸北部まで広がる。

・アフリカ
語族ぐるみで欠如するという現象はみられない。
コイサン語族など、区別をもった言語は少なくない(中部・南部など)。

・アメリカ大陸
北米大陸を除くと、区別圏がほぼまんべんなく分布。

・オーストラリア原住民諸語
 区別圏がほぼまんべんなくあらわれる。

包括人称欠如

これらを概括して区別について、”ユーラシア西部とその北方延長圏を除いて、世界言語のほぼ全域に行き渡っているという事実は、これが人類言語に古くから備わった重要な言語特徴であることを示唆している。”と述べています。

ではなぜ”太平洋沿岸言語圏で一部の言語、それも社会的・文化的に影響力のある言語が、一様に包含・除外の区別を欠いているのはなぜか?”という問いを提起したうえで、とても興味深い指摘をしています。

区別欠如圏は、”大きな特徴として、それぞれに複雑な敬語法を発達させている。”というのです。どういうことかというと、
 
”敬語法と呼ばれる話法は、話し手を軸とする聞き手ないし第三者との間の社会的な階層関係による呼称の差別化と場面に応じた選択という形で現れる。このような敬語法が、人称代名詞の体系に何らかの影響を及ぼす。
・・・
元あった人称代名詞は、いわゆる「タテ社会」の階層化を反映して、さまざまな呼称によってあるいは補われあるいは置き換えられて、人称代名詞本来の直截な体系が失われる。”

と述べています。

つまり、太平洋沿岸部の欠如圏は、「タテ社会」が発達するにつれて敬語法が生まれ、その結果次第に一人称複数の包含・除外の区別が失われていったのではないか、というのです。

一方のインド・ヨーロッパ語族などはどうなのでしょうか? 松本氏は”ユーラシア西部の言語圏で人称を失わせたのは、いわば論理上の「我」と「汝」の峻別であり、文法カテゴリーとしての数の論理の貫徹であった。”と述べています。

同じ区別欠如でありながら、その要因が異なるというのも面白いところです。

最後に区別のあるアイヌ語と欠如している日本語・朝鮮語について、
”アイヌ語の側に環日本海諸語本来の古い様相が保存されているのに対して、日本語と朝鮮語の側でそれが失われるかあるいは新しい特徴に置き換えられている。
”日本語と朝鮮語がたどった道とアイヌ語の間に、大きな隔たりがあったことをはっきりと示している”(同書P145-162)
と推測しています。

ようは、日本語や朝鮮語もかつてはアイヌ語のように区別があったが、はるか昔に失われてしまったということです。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。
著書です。



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