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古事記・日本書紀のなかの史実Ⅱ (15) 天孫降臨④~アメノウズメとサルタヒコ

アマテラスとタカギの命を受けたニニギは、葦原中国へ天降りします。
 
【ニニギが天降りをしようとする時に、天から降る途中にある八道股(分岐点)に、上は高天原を下は葦原の中つ国を照らす神がいた。そこでアマテラスとタカギの命令で天宇受売(アメノウズメ)神に、「おまえはか弱い女ではあるが、敵対する神と相対しても、面と向かって気おくれしない神である。だから一人行って、『我が御子が天降る道に誰がいるのか?』と問いなさい。」と仰られた。

そこで問うたところ答えていうのには「私は国津神の猿田毘古(サルタヒコ)神である。ここに出てきた理由は、天津神の御子が天降りすると聞き御先導をしようと思って、参り迎えに来たのだ。」と言った。】

天から降る途中にある分岐点にいた神は、上は高天原、下は葦原中国までを照らす神ですから、尋常ならざる神です。その神が誰なのかを、アマテラスはアメノウズメに問わせます。

遣わされたアメノウズメが問いかけた尋常ならざる神は、サルタヒコです。まずアメノウズメですが、天岩戸神話の際に登場しました。

”岩戸隠れでアマテラスが天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河の川原に集まって会議をした。オモヒカネの発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。

『古事記』では次のように記述されている。 「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」 つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けたアマテラスに「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力男神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。
『日本書紀』も似た記述であるが、胸乳の記述は無く、女陰については「火処(ほところ)焼き」と記され、神々の反応は記されていない。”(Wikipedia「アメノウズメ」より)

アメノウズメとサルタヒコ

このアメノウズメのエロチックな踊りは、アマテラスを天岩戸から引き出すための手段として行ったと解釈されますが、さらに深く考えて、神婚という祭祀の意味があったのではないかという解釈もあることを、前に紹介しました。
ここでサルタヒコが関係してきます。
「ポセイドーンとスサノオノミコト : 比較神話学の一方法の試み」(小林太市郎)からです。

”さて天照大神の岩戸隠れすなわち逝去にあって,この世界に日も照らず,草木みな枯れて作物みのらず,天地も人も悲歎にくれてみな号泣したということで,古代農耕民の最も痛切に体験した冬の恐怖と悲しみとがよく現されている。
しかも茲に,
「此に因りて常夜ゆく,是に万の神の声(おとない)は,狭蠅なす皆湧き,万の妖(わざわい)悉に発りき」
という同じ言葉が,前にスサノオノミコト誕生の条に,
「其泣きたまう状は,青山を枯山なす泣枯し, ……荒ぶる神の音(おとない),狭蝿なす皆満(わ)き,万の物の妖(わざわい)悉に発りぎ。」
としてすでに見えていることは注意すべきで,要するにこの冬属,死減,号泣,闇黒,妖魅災害の神が,春夏の歓喜の神に代って世界をいま支配しはじめたのである。”

”それで諸神は大いに困って集会し,衰滅した生命の根元すなわち太陽を刺激して急に回生復活させるため,春の歓楽の祭儀すなわち万物の生命を産む陰陽和合の神婚を岩戸の前で殊さら花やか に催すことになった。そのときアメノウズメノミコトが神懸りして,胸乳をかきいで,裳緒(もひ も)を番登(ほと)におし垂れておかしく舞踊し,諸神それを見て高天原もゆするように笑ったので,天照大神も不思議に息って岩戸をほそめに開けたところを引き『ずり出した』ということになっているが,これはすこしおかしい。
そういう予供だましのように愚かな話の奥には何か隠すべきものが隠されされているはずで、だいいちウズメノミコトがせっかく乳やほとまであらわして踊りながら、ただ神々を笑わせただけ というのは、まるで後代のばかげた余興にすぎない。古代の祭儀ならそこに必ず男神の対手があり、また神婚が行われたはずで、現にその対手にはサルダヒコという適任の者が居る。”

ここから天孫降臨の話になります。
サルタヒコについては、日本書紀一書(第一)では
”その神の鼻の長さは七咫(ななあた)、背(そびら)の長さは七尺(ななさか)、目が八咫鏡(やたのかがみ)のように、また赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いている。”と描写されています。

続いて、アメノウズメが、
”その胸乳をあらわにかきいでて、裳帯(もひも)を臍(ほそ=ヘソ)の下におしたれて、あざわらひて向きて立つ。”
つまり、”乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら(猿田毘古に)向かって言った。”
とあります。これを引用して、

すなわち天孫ニニギノミコトが天降りのときに,天の八衢にいて立ちふさいだサルダヒコがそれで,『書紀』に引く一書や『古語拾遺』にいま伝わる神話では、この天降りのときに ,やはりアメノウズメノミコトが胸乳を露し,裳帯を臍下に押し下して, 鼻の長さ七尋余もあるこの男神に,笑って立ち向ったところ ,サルダヒコはお供に仕えるため参向しましたと言ったことになっている。

しかしただそれだけのことなら,何のために彼の鼻が七尋もあるのか,また何の必要あってウズメ が乳や陰まであらわして笑って彼に立ち向ったのか,一向にわからない。すなわち厳粛な天孫降臨の際に,この愚劣な一塲面が何故に必要なのか全くわからない。

それは明かにどこからかそこに 移されてきたもので、神詣には屡々こういう移転の例がある。すなわちこの場面は当然岩戸の前へ 還元すべきもので ,そこで胸乳や陰処を出して笶い踊る神懸りのウズメと,大豊勢のサルダヒコ との神婚があったとすれば,それはもはや愚劣でなく,劫って最も適切な太陽復活・陽春再生の呪願をこめた祭儀として完全に生きてくる。

すなわちその神婚の祭儀から奔出する生命力が, 衰滅した太陽神に忽ち伝わり,その回生復活を強く刺激して,この世にふたたび光り輝く陽春の生命の歓喜を齎したのである。その春のよろこびを,『古語拾遺』には,「此の時に当って,上天初めて晴れて,衆倶に相見るに,面皆朗白なりき。手を伸べて歌い舞い,枳与に称えて曰く,あはれ,あなおもろ,あなたのし,あなさやけ,おけ。」と記している。”

日本書紀一書(第一)で、天孫降臨の前に、アメノウズメが
”乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら(猿田毘古に)向かって言った。”
とあるのは、抵抗していうことを聞かないサルタヒコを誘惑してなびかせるためであり、それにサルタヒコは乗ってしまったとも解釈できます。

小林氏は、アメノウズメの振る舞いは神婚の儀式であり、その対手としてサルタヒコがいる、と述べています。そしてこの天孫降臨の前の神婚の話は、本来天岩戸神話のところにあったものだ、と推測してます。

はたしてそうであるかのはなんともいえません。神婚の儀式というものは、重要な場面で行われるものであったとすれば、別々の話としてもおかしくはないからです。つまり、両場面において神婚の儀式が行われた可能性もあるとも考えられます。

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青松光晴

Author:青松光晴
古代史研究家。理工系出身のビジネスマンとして一般企業に勤務する傍ら、古代史に関する情報を多方面から収集、独自の科学的アプローチにて、古代史の謎を解明中。特技は中国拳法。その他、現在はまっている趣味は、ハーブを栽培して料理をつくることです。

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